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673 眠り姫のもとへ。


骨船ストレンジスケイルが、心象世界の中心へと向かう。

中心とは即ち、黒き国つ神の座する場所である。


骨船の舳先(へさき)

そのフチの上に尻尾を元に戻した、楽市とイカ楽市が立っていた。


足元がつるりと滑れば海へ真っ逆さまだが、狐火となれる楽市たちは、高い所があんまり怖くない。

そこら辺の、ハトか何かと同じだ。


楽市とイカは舳先で風に(あお)られながら、痛恨の極みを、眉間にシワとして刻み付けていた。

2人で反省会である。

楽市が渋い顔で(つぶや)く。


「今回、何もできなかったね」

「そうだね、楽ねえさん」


「尻尾だすの、難しいね」

「おっきいからね」


「霧乃たちから、すっごい怒られたな」

「死ぬまで出してろってね。

相変わらず、夕凪の罵倒はキレがあるなあ」


そこでしばらく押し黙ったあと、楽市がお空へ語るように呟く。


「私って何だろ……」


「そこからっ!? そこから考えるの楽ねえさんっ!?

やめてよもうっ。


今のところ、神楽(かぐら)以上に早く出せる方法は無いんだから、しょうがないよ。

前なんて、30分も掛かってたんだからさ。

はっきり言って、かなり頑張ってるよあたしたちっ」


「そう言ってもらえると、何だか嬉しいよ」


()()に慰められて、嬉しがらないでよ。

あ、それと楽ねえさん」


「なに?」


「あたし、国つ神様までだから。

その先は自分で何とかして。

あたしも、あたし(船)も、プチたちもそこまで。

がしゃ100体分は、もう充分手伝ったでしょ?」


心象内で待機させてある、がしゃ100体以上をイカ所属とする。

それを条件に、イカは楽市を手伝っていたのだ。


「えっ、一緒に行ってくれないの!?」


「て言うか、楽ねえさん。

何であたしたちが、この話に関わっているの?

ダークエルフのいざこざに、あたしたち関係ないでしょ?」


「うっ……」


「まあ、楽ねえさんは、関わりたくて仕方ないんだよね。

()()()のために」


「うぐっ」


楽市は顔を真っ赤にして、両手で隠す。

そのまま「くう~っ」と言ってのけ反り、骨船の内側のカーブに沿って、背中で船底まで滑り降りた。

そこでぱたりと横倒しとなり、顔を隠したまま丸くなる。


「あたし、どうすればっ」

「そんなに悩んでんだ」


滑り落ちた楽市にびっくりして、霧乃たち幼子、パーナ&ヤークトと松永、そしてプチがしゃまでが寄ってきた。

今では、楽市の周りはいつも賑やかだ。

皆に囲まれる楽市を見て、イカ楽市がぼそりと呟く。


「これ以上の幸せを、望んでどうするのさ」



茫洋とした暗い空に、中央へ果てしなく広がる(なまり)色の海。

薄闇の続く天地の狭間を、白骨の笹船が滑るように飛翔する。


骨船の真下で流れ去って行くのっぺりとした海面が、次第に暗い色から暖かみのある桜色へと変色していった。

というか、ショッキングピンクである。


海面に光が反射しているのではない。

海水そのものが、本当にピンク色なのだ。


これはひとえに、骨船が向かう先で鎮座する「愛の巨神」の御業なのだろう。

心象世界ゆえの奇跡だ。


世界の中心の一つ「愛の神」は、内側がバーティス神、その外側をコーティングするように北の国つ神が覆った「融合神」であった。


天をも貫かんとする巨神が海面にどかりと座り込み、その漆黒の肌からは、巨大な「カイワレ」としか言いようがないモノが幾本も生えていた。


葉の形はハート型でピンク色。


その葉一枚一枚が花弁のように寄り合わさって、融合神の正面に大輪の花を形作っていた。

花の中心は「キャベツ」のように結球しており、楽市たちを乗せる骨船がそこへゆっくりと降りていく。

骨船もかなり大きいが、そのサイズを比べると、桃色キャベツに近づくモンシロチョウ程度しかない。



   *



何もかもが桜色の世界で、ハート型の小さな花弁がひらひらと舞っていた。

音もなく舞い落ちる、花の吹雪である。


その永遠の春の中で、ヒノモトの猫のように丸くなり、白き龍人(りゅうじん)の女が眠っていた。


緩くウェーブのかかった銀髪。

頭部には6本の白い角が生えており、生物の頂点たらしめる気品が漂う。

腰には一対の翼。

そして白い(うろこ)に覆われた尻尾が生えており、丸まる体に沿って巻き付いている。


ただ眠っているだけなのに、神々しいほどに美しい。

いや実際、彼女は神直属の眷族だ。


眠り姫が頭上に何かを感じ取り、微かに身じろぐ。

長いまつ毛がぴくりとして、(まぶた)が開いた。


「ふふ……イースの気配がする。

やっと生き返ったか、世話のかかるやつめ」


銀霧龍(シルバーミスト)のシルミスが、嬉しそうにゆっくりと頭上を仰いだ。

その赤黒い瞳に、彼女の元へ降りてくる笹船の船底が映り込む――


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