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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第12章 フルアーマー・ユーヴィー
669/683

668 星のテラス。


ダークエルフの女王、シュミーア・ウィスローが突如現れたとき、

リールー・ウラ・レスクは皆と一緒に「奇妙なウロコ(ストレンジスケイル)」の船上にいた。


乗船する骨船から大量の瘴気がまき散らされ、何も見えなくなる。

その間に、皆を乗せた骨船は雲隠れだ。


船はシュミーアから見えぬ角度で瘴気の煙幕から出ると、船底をシュミーアへ向けながら上昇していく。

昇りながら茫洋とした暗い空に合わせて、その体表面を黒く変色させていった。

空に擬態するイカである。


リールーの隣で、イースが船底を撫でながら目を輝かせた。


「凄いねキミ、色も変えられるのかい?

生前のキミは、海中で擬態の得意なクイード(イカ)のようだが、その名残かな?

でも今のキミ骨だけだよね? どうなっているんだい?」


リールーは傾く船底を這いながら、船のフチに手をかけ、プチがしゃたちと共に下を覗く。

遥か下方で、戦闘がすでに始まっている。


その中でシュミーアが大きく姿を変え、背中から無数の手を生やし始めた。

その辺りから、リールーの体調に変化が生じる。


なぜか異形のバケモノと化したシュミーアに、繋がりを感じるのだ。

その不可思議な感覚は名状しがたく、リールーは訳が分からずフチから手を離しうずくまった。


「どうしたんだい、リールー?」

「おい、どうした?」


イースとサンフィルドが、様子に気づいて寄り添ってくれる。

丸めた背中に、2人の手が添えられるのを感じた。


奇妙なことに、感じる手の数は2つだけではなかった。

5本、10本、200本、1000本――


無数の手の存在を感じる。

それらが全て、自分から生える手のようだった。


下で行われる戦闘を見ずとも、シュミーアが何をしているのか分かった。

ただその感覚は、S型でもない一般ダークエルフであるリールーには、荷が重すぎる。


神の力を宿していないリールーの脳では、その凄まじい情報量に耐えられなかった。

激しい頭痛と共に、平衡感覚が無くなっていく。


五感が誤作動を起こし、入り混じって、自分の輪郭(りんかく)が何処にあるのか分からなくなる。

リールーは自分の存在が、どこかに吹き飛ばされそうな恐怖を覚えた。

無意識に、イースの名を叫ぶ。


「イースっ、イースっ、イースううううっッ」

「リールー、僕はここだよしっかりしてっ!」


「イースどこなの!?

お願い、あたしの手を握ってっ。

あたしを離さないで、お願いっ!」


「リールー僕を見てっ!

僕はここだからっ、ここにいるからっ!」


手を握られ強く抱きしめられても、リールーの眼はイースを捉えられない。


「イースお願い離さないで、お願いっ!」

「リールーっ!?」


自分の輪郭が無理やり引き延ばされて、骨船にいながら、遥か下方の戦場にリールーはいた。


暴走した感覚の中で、

リールーはシュミーアだった。

シュミーアはリールーだった。


リールーは躍起になって、ライカを捕まえようとする。

ジグザグに飛翔し、巧みに逃げ回るライカに、リールーは激しく苛立った。


何かが腹に突き刺さり、この身がバラバラになったとき、肉片一つ一つにリールーが宿り、数万の悲鳴を上げた。

体が再生されたとき、もう殺意しか湧かなかった。


この身を太陽と化し、我が娘を焼き殺す。

6000度の炎の中で藻搔(もが)き苦しむ娘を見て、リールーは愉悦(ゆえつ)を感じ――


違うっ。

そうじゃないっ。


なぜ腹を痛めて産んだ我が子を、殺さねばならぬのか?

意味が分からない。

納得できない。


リールーは娘を殺したくない。

絶対に殺したくはなかった。


シュミーアの怒りとは違う怒りが、リールーの胸で発火し激しく燃え盛った。

それはシュミーアがライカに抱いた怒りよりも、遥かに大きく、シュミーアの怒りを押し倒して呑み込もうとする。


「やめてええええええええっ!」


シュミーアは突然現れた女に呑みこまれそうになり、無様な悲鳴を上げて虚空へと逃げ去った。

ライカを守ったリールーの神経も限界で、そこで彼女の意識はふつりと途切れる。



    *



完全に気を失ったリールーの体に、小さな星が一つ。

それは時間で言えば3セル(分)ほどの、僅かな記憶。


リールーはどこか見知らぬ、石造りの廊下を歩いていた。

目の前には、小さな子供たちの背が6つ。


まだ建設途中であるが、もう探検したからと言って、リールーを案内してくれるらしい。

先頭の女の子が振り返り、リールーに向かって笑いかけた。


「お母さま、あっちにテラスがあるのです。

夜はきっと、星が良く見えますよ――」


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