663 それ即ち――シュミーア・ウィスロー・SSR8・ソービシルその人である。
間近へと出現したシュミーアは、その多くの腕が炭化しボロボロとなっていた。
しかしながら見る見るうちに、焦げた部位を押しのけて腕が再生していく。
そこら辺は、千手の巨神とそっくりだ。
そして本体は無傷だった。
手応えはあったものの、当たった瞬間、鱗粉のように雷撃が無力化されたのかも知れない。
ライカはその結果に落胆せず、ただ冷ややかに見つめるのみ。
「2つの雷禍。
ほぼ同時の場合、無力化の能力は2ヶ所同時に使えないわけか。
あれは自動化された能力ではなく、一つ一つ意識の集中が必要なのだな……」
腕を焼かれて、怒りに震えるシュミーアの顔がふっと和んだ。
口元に笑みさえ浮かべている。
彼女の差し出した左手の上で、小さな小さな青い魔法陣が 12陣出現した。
「あれはっ」
ライカの見ている前で、シュミーアの指先が魔法陣を素早くプッシュしていく。
それと同時に、ライカへ襲いかかる死の激痛。
「かはあっ!」
胸を抉られ、心臓を貫かれたような苦痛に耐えられず、ライカはバランスを崩した。
足元の雷光が消失し、頭から落下していく。
どうにかしようにも体が痙攣するばかりで、思考も激痛で小間切れにされてしまう。
ライカと五感を連動させていた霧乃、夕凪、朱儀そして松永は、弾かれたようにライカとの感覚を断ち切って、心象内で転げまわった。
(なんだ、いってーっ!?)
(やばいやつ、これ、やばいやつーっ!)
(すっごい、びっくりしたっ!?)
(ぶ……ぶひひんっ!?)
皆がパニックとなる中、楽市と共に舞っているイカ楽市だけが状況を理解する。
何が起こり、何をすべきか把握していた。
舞を続けながら、イカは素早く幼子たちへ指示をだす。
(霧乃、夕凪、朱儀っ。
ライカの体を、あんたたちの瘴気でいっぱいにしてっ!
今のあたしは舞を乱せないっ)
(なんで!?)
(くろいの、だすのか!?)
(あーぎも、だすの!?)
(いいから、早くーーっ!!)
(((うおおおおおおおおっ)))ぷしゅうううう×3
シュミーアは落ちていくライカを追いもせずに、ただじっと見つめていた。
すると落下していくライカの体から、黒い煙が幾筋も噴き出してくる。
ライカは漆黒の尾を長く引きながら、不意に毒々しい羽を広げた。
4枚の羽で風をとらえて減速し、再び足元から稲妻を走らせシュミーアから遠ざかっていく。
その機敏な動きは、まるで“女王の呼び鈴”のダメージが無かったかのようだ。
シュミーアは“ベル”が効かぬ苛立ちも見せず、むしろ口元の笑みを深くした。
シュミーア・ウィスローは、眼を細め思い返す。
彼女は巨神の力を吸収したとき、それと同時に奇妙な感覚に囚われ始めた。
それは、自分がもう一人居るような感覚。
同じ魂を持つ片割れが、直ぐ傍に居るような感覚だった。
シュミーアが感じているものは、“石さま”たちが感じているものに近いかもしれない。
元は同じ神の一部である、大カケラと通じ合う感覚だ。
一体シュミーアと元は同じ存在とは、何を指すのか?
それ即ち――
オリジナルの、“シュミーア・ウィスロー・SSR8・ソービシル”その人である。
「やっぱり、ポーケイブ・ベルに耐えたのね。
他の子共は抗えないのに、あなただけは女王の秘術を破る。
あなたは、特別なのねえ……
なぜそんなに特別なのかしら?
やっぱりそう、きっとそうよ……あなたの中に居るのねアレが」
シュミーアは巨神たちの創造せし心象内で、己の中の距離感覚を操作した。
見かけの距離を無視して、実際にはもっと近いとイメージする。
すると神の御業で、本当に近くなるのだ。
遠ざかるライカが目の前にやってくる。
ライカからすれば、シュミーアが移動したように見えるだろう。
しかし、シュミーアからすればその逆。
イメージ操作するシュミーアに、自分が移動している感覚はない。
自分はほとんど動かず、ライカの方から近づいてくるように感じていた。
シュミーアは、より完璧な自分に近づくため手を伸ばす。
自分からのこのこ近づいてくる、愛しい娘へと手を伸ばすのだ。
その後で、娘は殺すと心に決めながら――




