659 あなたと見た、花吹雪が忘れられない。
カケラ同士の超念話に、割り込む者。
それは形は違えど、同じカケラには変わりない。
石さま方は女を同族とみなし、“くの字”を元へ戻し尋ねる。
(おい、こやつはなぜ小さくなっておる? なぜじゃ?)
女はしなを作り、楽しげに笑った。
――さあ、なぜなのでしょう?
このままではお可哀そうだと思いましたので、私が温めて差し上げようと思いまして。
狭いでしょうが、こうして私の胸元にお隠れになっております。
(そうかそうか。なるほどなるほど)
これは優しい同族亜種が居たものだと、石さま方は感心した。
――ところで、あなた様方はどちらに?
(ワシらか? ワシらはここじゃ)ふよふよ
――ああ、槍の外ですか……なるほど。
さてどうしましょうか、私の“手”が届くかしら?
大カケラとの接触を終わらせ、朱儀の袖口へと帰っていく“石さま”たち。
そんな2柱の伝えてくれた内容は、楽市を大いに混乱させた。
「乳にはさまれて、ぺったんこ!?」
石さまの思念は文法がデタラメで、そのまま受ければ暗号のようでさっぱり頭へ入ってこない。
それを石さまの巫女として朱儀が受け取り、内容を咀嚼して楽市へ伝えてくれるのだ。
その際、朱儀もまだ幼くて語彙が少ないものだから、どうしても細かなニュアンスはカットされてしまう。
内容はとても簡潔なものとなり、後は聞き手が想像を膨らませて解釈するしかない。
「心象内であたしたちが、距離を無視して移動できないのは分かった。
だけど、最後のぺったんこって何さ!?」
朱儀はきっちりこなした。
後は楽市しだいだ。
手伝いを終えた朱儀は大きな欠伸をし、楽市の太ももを枕にしようとしたとき、霧乃の甘えた声を聞く。
「もっと、見せて~♡」
朱儀が眠い目をこすり振り返ってみれば、そこに見覚えのある一つ目のお姉さんがいた。
霧乃に押し倒されて、もがいている。
そう、それは忘れもしない。
夜の帝都でお世話になった、レッサーサイクロプスのアイではないか。
「あ~、アイだ~♡」
とっても眠いけれど、朱儀も再会できた喜びで気持ちがむくむくしてしまう。
「ア~イ~」
朱儀はふらつきながらアイの元へ向かい、抱きつこうとして足がもつれた。
そのまま頭から突っ込み、額の角がアイの大きな一つ目にブスリと――
ガシイッ!
アイはカッと眼を見開き、すんでの所で角を掴んで、朝一番の声をだす。
「あぶねーーっ!」
楽市の尻尾が、荒々しく左右へ振られていた。
その動きに、楽市の心情がにじみ出ている。
「ん゛~」
ライカの視線をもの凄く感じるが、それを無視して石さまからの話を整理した。
3柱に分裂したバーティス神の1柱が、小さくなり女の胸に挟まっている。
この女は恐らくライカの言っていた、偽の女王なのだろう。
それは単純に考えると、偽女王が大カケラを小間切れにして、小さくしたと言うこと。
これだけで、厄介な相手だと分かる。
実際に大カケラと戦った楽市は、その困難さを知っているのだ。
それをやってのける相手と、これから事を構える。
そう思うと、正直頭が痛くなった。
更に、気になる事がある。
石さまたちが言うには、大カケラは自分がナゼ小さくなったのか、分からないと言う。
そんな事ってあるのだろうか?
小間切れにされたならば、否が応でも記憶に残るはずだ。
それが無いと言うことは、何かされて気付かない内に小さくなったと言うこと。
何かとは何だろうか?
それが分からなくて、どこか不気味だった。
「なんか、嫌な感じ……」
楽市は思わず呟く。
するとその声に反応して、ライカがキッと睨んでくるので、お前の事じゃねえよバーカの気持ちを込めて睨み返す。
暫く睨み合っていると、不意にライカ越しに見える帝都の街並みがブレた。
「えっ!?」
周囲の景色に別の景色が重なり、二重写しのようになっていく。
ライカも同じものを見ているようで、驚愕の表情を浮かべていた。
廃墟の街に重なるのは、細波が寄せては返す瓦礫の海岸。
気付けば皆を乗せた骨船が、打ち上げられた難破船のように、瓦礫の岸辺に横たわっていた。
「有り得ないっ、こんな事ができるのっ!?」
楽市は、この特殊な移動感覚を知っていた。
心象内でイメージを操作し、距離を無視して移動する感覚にそっくりだ。
しかし、自分で移動したのではない。
誰かに移動させられた。
強制移動だ。
それも楽市たちは、モスマンの槍の外。
神々の造った特殊結界の外に居たにも拘わらず、強引に引っ張られた。
楽市たちを呼び寄せた者は、一体どれほどの力を持っていると言うのか?
「なんで、こんな奴がいるのっ!?」
楽市が叫ぶ先に、女がいた。
ぼんやりと輝く沖合を背負い、紅いドレスを翻して女が宙に浮かんでいる。
「あらあら、やっぱりライカが居たのね。
煩わしい子。
そしてそこに居るのは――北の魔女かしら?
ふふふ……その顔、フーリエの記憶にあったわ。
あの子、あなたと見た花吹雪が忘れられずに、心の隅にしまい込んでいるのよ」
シュミーア・ウィスロー・SSR8・ソービシルは、
人差し指をあごに当て、品定めするように楽市を見つめた――




