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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第12章 フルアーマー・ユーヴィー
657/683

656 地獄のどじょうすくい。


(プチたち何してんの!? 何で盆踊り!?

あのイカが教えたのかな。

あたしが来て、喜んでくれているの?

ぐっ、可愛いーっ。


でもやめてっ。

いま分かんないけど、勝負みたいになってるからっ。

やめて笑っちゃうからっ。

ほんと、本気(まじ)なとこだからっ!)


楽市を(やぐら)代わりにして、周りを回るプチがしゃたちが、楽市の視界の隅↓を通り過ぎていく。


そんな中、ちょうど角と翼を持つ、プチ角つきが正面を通った。

プチ角は皆が手をひらひらさせ踊るなか、一人だけ腰を深く曲げ、キレッキレで両手を出したり引っ込めたりしている。


(なぜ一人だけ、どじょうすくい!?)


楽市の心が叫ぶ。

これはちょっと無理だった。


「ふひっ、ぷすーっ」


これは駄目だと、楽市は悟る。


(これ2回目、()()が回ってきたら絶対に笑うっ。

どうしよう負ける、何かに負けてしまうっ。

どうするっ!?)



    *



ライカは奥歯を嚙みしめ、発作のように込み上げる衝動をねじ伏せた。

決して笑わず、北の魔女を睨み続ける。


しかし心の隅では、そんな自分にうんざりしていた。

瓦礫の海岸を、独りで歩いたときの事をライカは思い出す。


北の魔女へ助けを求めるべきと進言されたとき、それは到底飲めぬ話だと突っぱねた。

ライカは苛立ちのままに、掴んでいたリールーを投げ捨てると、独り海岸を歩いたのだ。


しかし他にフーリエたちを、助ける手立てはあるのか?

考えてもライカには、特殊空間で探し出す手立てなど出てこない。


出てこないのに、どうしても北の魔女の力を借りたくなかった。

だから只々足を瓦礫に取られながら、怒りに任せて海岸を歩いた。


憎々し気に海を見つめたとき、沖合にポツンと浮かぶ人影に目が留まった。

特殊空間へ入ったとき目にはしていたが、すぐ小屋へ入ったので気にも留めていなかったものだ。


逆光でよく見えない。

しかしそれでも、よくよく眼を凝らして見れば――


ライカは北の魔女を睨み付けながら、改めて思い返す。

あの時沖に見たものは、自分のあられもない姿()()だった。


どういう訳で、自分の姿が沖に浮かんでいるのか分からないが、特殊空間では強い想いが実体化すると聞いていた。

ならばこれは、フーリエの仕業だと直感が告げる。


下着姿や裸でのシチュエーションが、モロにそれだった。

何てものをと真っ赤になって腹を立てたが、同時に自分との思い出を忘れないでいてくれたのかと、妙に温かい思いが込み上げた。


ならば早くフーリエを見つけて、この不埒(ふらち)者と殴り付けなければならない。

そう思ったとき(ようや)く心の棘が抜けて、リールーの進言を受け入れる気持ちになったのだ。


それなのに今また北の魔女と、意地の張り合いをしてしまっている。

そんな事をしている場合じゃないと、分かっているのにだ。


自分は自分の意地に、囚われ過ぎている。

自分が真に誇り高き者ならば、この下らぬ意地に縛り付けられている現状こそ、破壊すべきものではないのか?


ライカは北の魔女と7日間争ったあと、そのように考え始めていた。


ライカは魔女を睨み付けながら、大きく息を吐く。

眼は絶対に逸らさぬが、ライカが魔女へ語りかけようとしたその時――


「あ~、アイだ~」



    *



寝ぼけていた霧乃が薄っすら目を開けると、見知った大人たちの中に、特別綺麗な一つ目を見つけた。

体が斜めに傾きながら、嬉しそうな声をだす。


「あ~」


霧乃はヨタヨタしながら楽市の手を引っ張り、アイ・エイチ・ジャマーンの元へ向かった。


「らくーち、みて~。アイがいる~」

「えっ、アイって、前に霧乃が言っていたアイさん!?」


楽市は引かれるがまま、一つ目の女へ近づいていく。

反対の手で繋がっている夕凪は、まだ夢の中らしく、布袋のように引きずられていた。


霧乃は楽市の手を離すと、アイの足に抱きついて寝ぼけ眼でニンマリする。


「アイのめ、す~き~」

「うわっ、本当にキリだっ。マジで北の幹部だったんだ、うわあっ」


アイが大きな一つ目を見開き、数度瞬きした。

瞬く度に、瞳の中の金の粒子が舞い上がる。


光り物好きの幼女は、その瞳を見てもうたまらない。

もっと近くで見たくて、アイの体をよじ登り始めてしまう。


「わわっ、ちょっと待ってキリ、ちょっと待っ――」

「ア~イ~♡」


楽市が見かねて、霧乃の襟首を掴んだ。


「こら霧乃っ、直ぐに登ろうとするんじゃないのっ。

すみません、(しつけ)がなってなくて。


あの初めまして、あたし楽市と言います。

霧乃たちから、お話を聞いていました。

その節は大変にお世話になったようで、本当にありがとうございました」


ぺこりと頭を下げる北の魔女に、アイは度肝を抜かれる。

アイは獣人と同様、こんなに腰の低い支配者を見たことが無かったからだ。


「はうわっ、頭を上げて下さい、はわわっ」


大いに焦る、一つ目の商売人であった。

焦ったのは、楽市が頭を下げた事も確かにある。


だがそれ以上に、楽市に無視された形となったライカ・ユーヴィーが、こちらを恐ろしい目で睨み付けていたからだ。

今のライカに、北の魔女から頭を下げられる自分は、どう見えるのだろうか?

アイはそう思うと、ゾッとしてしまう。


くつじょく 

いかりのほこさき

さかうらみ

あとでころす


様々なワードが、アイの頭の中に飛び交う。

膝から崩れ落ちそうになるアイを置いて、楽市は顔を上げてゆっくりと振り返り、強張った顔のライカを見つめる。


「で、何の用なの、ライカ・ユーヴィー?」


楽市は結果的に、2回目のどじょうすくいを見ずに済み、大物ぶった余裕のムーブをライカにかましてやった。

楽市は心の中で、額の汗をぬぐい尻尾を立てる。


多分、楽市の勝ち。







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