表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第12章 フルアーマー・ユーヴィー
652/683

651 楽市は、穏やかに腑抜ける「楽市沼」


新しく移住者たちの街となった、ハインフックの朝は早い。


街をぐるりと取り囲む、高さ20メドルの城壁。

獣人の女たち数百人が、その最上部の通路で昨日採取した木の実、草の実、シダ類の若芽、クリム貝などを、通路に広げて天日干しにしていた。


城壁から山々を眺めれば、ほったらかしにされていた段々畑が見える。

そこでは、放置されても平気で生えていたキビに似た穀物を、雑草ごと刈り取る男たちの姿がアリンコのように見えた。


他に見えるのは昨夜仕留めたモースやイナシルを、川辺で解体する男たちの姿。


視線を近くに戻せば城壁のすぐ外の平地で、収穫した穀物を脱穀する姿も見て取れる。

男女混じって唄いながら、すたとんと穀物を叩く木槌(きづち)の音が、城壁の上まで届いてきた。


(ひるがえ)ってハインフックの街を眺めて見れば、空き家となっていた家々の煙突から、炊き出しの白い煙が幾筋も立ち昇っている。

つい先週まで廃墟だったとは思えない活気が、ハインフックに(みなぎ)っていた。


城壁の一角に建てられた塔の上に、赤いローブを羽織った黒髪のキキュールが(たたず)んでいる。

彼女は、通りをせわしなく行きかう獣人を眺めながら、隣に立つ楽市へ語りかけた。


「獣人は、つくづくしぶとい連中だと思う。

食料が無いならないで、獣の本領を発揮して、自分たちで何とかしてしまうからな。

山へ入って食べられるものを何でもとって来て、8万もの群れの胃袋を満たしてしまう。

それだけじゃないぞ、ラクイチ。


見てみろ。

今は冬に備えて、せっせと保存食作りまでしているんだ。

ここに連れて来たのは獣人ばかりで、何とかなるとは思っていたが、これほど早く順応するとは思っていなかった。


ふふ……改めて獣人は面白い。

勤勉でガマン強く、集団行動に長けている。

それぞれの個体は弱くても、一丸となった時に生まれる力は、他のどんな種族よりも優れているだろう。

私はそう思うぞラクイチ、ふふふふっ」


我がことのように自慢するキキュールを、ちらりと見つめて楽市も(うなず)く。


「そうだよね。

あたしもダークエルフの赤ん坊のとき、千里眼の子たちに助けられて思ったもの。

獣人たちは強いよねえ」


「だがなラクイチ」

「うん」


「獣人にも、(もろ)い所がある」

「うん」


「このハインフックは、仮の住まいだ。

とは言っても、気に入ったのならば永住してもいい。

冬を越えて暖かくなったら、別の地へ行ってもいい。


元々住んでいた集落もあるだろうから、少なからず帰る者もいるだろう。

だがそれまでは、このハインフックで一冬過ごすことになる。

長く住めば、集落同士の軋轢(あつれき)も生まれるだろう。


誰がどう、デカイ群れを仕切るのかとな。

まあそれは私が主導して、調整するから構わないのだが……」


「うん、よろしく」


「やはり獣人には、デカイ重しが必要なのだ。

しっかりと強い者の庇護下で群れを統率しないと、獣人の心は不安定になってしまう。

拠り所となる、強者が必要なのだ。

それはお前にしか出来ないことだ、ラクイチ」


「うん、分かってる」



楽市が、塔の中央に立つ。

楽市は漆黒の尻尾を出すためいつもとは違い、普段の黒い小袖と合わせて、(くるぶし)まで隠れる漆黒の(はかま)を履いていた。


楽市が城壁塔の上を舞台とし、ゆっくりと舞い始める。

舞台のソデで丸くなっていた松永が、鼻先を天へと向け、朗々(ろうろう)と遠吠えを始めた。


森の守護獣と呼ばれる一角の獣の声は、周囲の獣人たちの全神経を張りつめさせ、顔を城壁塔へと向けさせる。

その恐ろしくも美しい遠吠えを、無視できる獣人など一人も居ないのだ。


面白そうだからと脱穀のお手伝いをして、一緒に歌っていた霧乃たちも、木槌代わりの木の棒を放り投げて、城壁塔を見つめた。

霧乃たちに脱穀のやり方を教えた獣人の少女が、怯えながら霧乃の裾を引っ張る。


「あれ、なに?」

「あれ? あれは、まーなかだよ」


「まーなか?」


松永専門家の朱儀(あけぎ)が、獣人の少女へ補足説明をした。


「たぶん、らくーち、おどるから、

みててーって、いってるよっ」


「おどる? みてて?」


夕凪がゆらゆらと、楽市の舞のマネをする。


「こんなやつ、らくーちの、へんなやつっ」


夕凪の動きがくねくねとデタラメで、豆福とチヒロラが笑いながら一緒に踊り始めた。


「まめも、でーきーるーっ」

「らくーちさんのちょっとゆっくりで、つまんないですけど、とっても綺麗なんですよっ」


おかしな踊りに霧乃と朱儀も加わって、5人で好き勝手に楽市のマネを始める。

獣人の少女は顔が青くなった。


姿の見えぬ凶獣のロングブレスで、辺りに走った緊迫感に対して、霧乃たちのふざけた態度が余りにも冒涜的に見えたのだ。


少女にはそう思えて、言いようのない不安がつのる。

恐ろしいので踊るのを止めてくれと、言おうとしたその時。

城壁塔の上部で、爆発的に瘴気の濃度が跳ね上がった。


それは、漆黒の太陽と言うべき存在。


終わりかけた夏がもう一度戻って来たかのように、ハインフックを含めた辺り一帯の山々を、隅々までその後光で照らす。

獣人の少女は先ほど抱いた不安など吹き飛んで、その暖かな黒い光を全身で受け止めた。


この幸福感を、少女は覚えている。

ベイルフで復活した際に、浴びた後光と同じものだ。


黒き太陽から、信じられぬほど巨大な漆黒の蛇が立ち現れた。

やっぱりそうだと、少女は確信する。

(うろこ)のない黒い肌に、金の流紋が走るあの大蛇だ。


これは2度目の邂逅(かいこう)


獣人の少女は膝から崩れ落ち、湧き上がる“忠義心”で息がつかえて、嗚咽(おえつ)が止まらない。

それは少女だけでなく、この場にいる全ての獣人が抱く思いだった。




楽市が巨大な尻尾を出した城壁塔の、ちょうど反対側。

南側の城壁塔の上で、シノとキキュールはピッタリくっつきながら座っていた。


「いやあ、ラク殿に頼んで良かった。これで観光名所が一つ増えた。

あの城壁塔も、ベイルフの北の塔と同様に、ん?

キキュール、何と言っていたかな?

ラク殿が言っていた、あの概念?」


「ジンジャだろ」


「そうそう“ジンジャ化”させて聖地とし、獣人の心をがっちりと掴む。

これが一番手っ取り早い。

キキュール、私は“トリイ”と言う柱も建てようと思うのだが」


「シノ。

それを建てるなら、“オキツネ”と言う石像も左右に置こう。

手を洗う場所も作り、吉凶を占う紙くじも用意して――」


シノとキキュールは獣人を“楽市沼”にはめるため、“ジンジャ”なるもののプランを話し続ける。

二人にとって、こういった時間も楽しみの一つなのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ