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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第12章 フルアーマー・ユーヴィー
650/683

649 楽市は、穏やかに腑抜ける。


楽市は、穏やかに腑抜けていた。


フーリエがライカを追って飛び去り、愛する幼子たちから正直な感想(〇ンチみたい)をぶつけられて、体の芯から力が抜けてしまった。

実際ライカとの、ぐだぐだ7日間抗争ですごく疲れているし、非常に眠たい。


だから寝る。

草原で、そのまま不貞寝する。


ぐっすりと眠ったら、おでこの辺りでチリチリしている、イヤ~な感じも治まるだろう。

眠りの力で、気持ちをリセットだ。


すーすーすー、くふうううん……


そのつもりなのに、眠りが妙に浅かった。

体は疲れ果てて寝たがっているのに、気持ちの棘が睡眠の邪魔をするのだ。

狐の獣耳が周りの音をついつい捉えて、ぴくぴく動いてしまう。


霧乃たちの、鈴の音のような声が聞えてきた。

どうやらチヒロラに、「またね」のご挨拶をしているようだ。


「気をつけて、かえれ、チロっ」

「またあしたな、チロっ」

「チロ、またねーっ」

「チー、まーたーっ」


「皆さん、また明日なんですーっ」


鬼の子チヒロラは(ベイルフ)から楽市たちの間を、時速500キリルメドル(㎞)で行ったり来たりする、通勤幼女なのである。

そのチヒロラが帰るということは、もう日が暮れて宵闇なのだろう。


眠りが浅いとはいえ、何だかんだ微睡(まどろ)んで時間が過ぎていたようだ。

チヒロラが松永にも挨拶をすませて鬼火となり、「それじゃあ」と飛び立とうとしたその時。


楽市は伏せたまま、チヒロラを呼び止めていた。


「あ、チヒロラ~」


「あれ? らくーちさん、起きてたんですか!?

チヒロラ、そろそろ帰りますー。

また明日なんですっ」


「あーうん、あの、ちょっと待って……

あたしたちも一緒に、ベイルフへ帰ろうかなーなんて……へへへ」


「え、そうなんですかー?」


帝都はまだごたごたしているし、楽市はライカの件が済んだあと、一度帝都に戻るつもりでいた。

しかしそれが何だか、ひどく億劫(おっくう)に感じてしまう。


今は南部の担当として“南の楽市(イカ)”もいるし、だからまあ、任せればいっかなーと言う気持ちが湧いてくる。

逃げたバーティス神の件もあるが、現在それは棚上げ案件となっていた。


草原へ来る前、楽市はどうしたものかと思い、“石さま”たちにお(うかが)いした所、

「ほっとけ」と御神託を(うけたまわ)ったからだ。


今の大カケラは、逃げるのに全集中するあまり、

逃げ出した理由、更にはそもそもの原因である“1気圧下の恐怖”も、頭からすっぽ抜けているらしい。


現在の大カケラは、恐怖を怒りで塗り潰すのではなく、ランナーズハイで塗り潰しているのである。

だから「そのままにしておけ」と、石さまたちは巫女の朱儀(あけぎ)を通して語ってくれた。


それでは、まるでアホの子では!?――などと楽市は思ったが、

それこそが人知を越えた、巨大な存在のおおらかさなのだろう。多分


そういった訳で楽市たち一行は、チヒロラ特急号に揺られてベイルフへと帰っていく。

その揺れで寝付けなかったはずの楽市が、深い眠りへついて行った。


帝都へ行かなくても良いと、思った途端にこれだ。


何だかんだ理由をくっ付けていたが、何のことは無い。

楽市はただ、帝都で仲直りしたであろう、フーリエとライカの姿を見たくなかったのである。



夢の中で、♡マークの花吹雪が舞う。

楽市はその美しさに、ほうっと息を付いて見惚れていた。


楽市の隣には赤ら顔の乱暴者が座っており、楽市の幼子たちが、男へたいへんに懐いてじゃれ合っていた。

男は嫌な顔もせずに、霧乃たちの相手をしてくれる。


楽市は男の横顔を見て、また吐息を漏らす。

その夢は、楽市の心をとても穏やかにさせた。


男がむずがる豆福に困り果てて、こっちを見たので、楽市は笑って豆福を受け取るのだった。



    *



「ほう……それでラク殿は、チヒロラの中で寝ているのかね?」

「そうなんですーっ」


エルダーリッチのシノは小首を傾げ、チヒロラは楽しげに自分のお腹を叩いた。

ぽこん。

それを合図に、霧乃たちがチヒロラの中から出てくる。


「だめだ、らくーち、おきないやっ」

「きり、ほっとけほっとけ。おしさま、ただいまーっ」

「ただいまー、あーぎ、おなかすいちゃったっ」

「まめもーっ」

「ぶふー」


そして最後にぬる~りと、パーナとヤークトが出てきた。


「「「「「 あーーーっ!? 」」」」」

「ぶふ?」


その姿に、一緒に出てきたはずの幼子たちが、とっても驚いてしまう。

なぜならパーナとヤークトは、この7日間ずっと“()()()()”におり、霧乃たちも会うのが7日ぶりだったからである。


幼子たちはただ驚いたのではなく、その憔悴(しょうすい)しきったパーナとヤークトのゾンビ顔に、ドン引きした。

眼が血走りギラついていて、落ちくぼんでいるではないか。


どうやら2人は、まだ一睡もしていないようだ。

シノが、再び小首を傾げた。


「どうしたのかね、パーナ君、ヤークト君?」


「どうしようシノさん……花吹雪があ……ぶるぶるぶるっ。

いっぱい降ってきて、ラクーチ様が幸せそうでっ。

あれじゃ完全に、ミノン様をーっ!?」


「待ってパーナ、落ち着いてっ!

あれは夢だよっ、ただの夢だってっ!」


「だって、ヤークトっ!」


「だってじゃないっ! とにかく、と~に~か~く~っ!

すみませんシノさんっ。

あたしたち千里眼の宿舎で、頭を冷やしてきますっ。

寝てきますっ!

ねっ、パーナっ、ねっ!」


そう言ってヤークトは、悶えるパーナを引きずって家から出ていった――



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