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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第12章 フルアーマー・ユーヴィー
648/683

647 ダークエルフの原風景。


骨船(ストレンジスケイル)では、空気が最悪だった。


ライカ・ユーヴィーが船尾にどかりと座り込んで、ブンむくれているからだ。

それはもう触れたら、棘が突き刺さるような空気を醸し出していた。


そんな中でイースはあまり気にせず、骨船に何やら耳を寄せて話しかけている。

リールーも澄ました顔で、膝にプチガシャを乗せ、イースの奇行を見守っていた。


そしてイースチームの良心ことサンフィルドは、船上の空気が居たたまれず、辺りを警戒すると称して、舳先(へさき)のフチに座っているのである。


しかしサンフィルドが、警戒する必要など無かった。


神の集いし特殊な閉鎖空間の外では、モスマン軍団と恐炎妖精(フレイムエルフ)軍団が、待機し陣取っているのだから。

そんな状況で、サンフィルドがわざわざ気にする必要は――


「ん?」


西日が差す、廃墟の街並み。

薄闇に溶け込み始めた廃屋の屋根で、チカチカと光るものがあった。


ダークエルフの赤い瞳は、夜目が効く。

サンフィルドが良く凝らして見てみれば、モスマンに囲まれて顔を引きつらせる女が2人、瓦屋根に立っていた。

こちらに光を点滅させながら、手を振っているではないか。


「ええええーっ!?」


サンフィルドは驚きのあまり、船から落っこちそうになる。


「まじかっ!? アイとティカなのかっ!?

えええ、どうしてっ!?」


向こうもこちらが気付いた事に、気付いたのだろう。

大きな一つ目をまん丸く開いて、手を振る動きが激しくなった。

その必死さが、良く伝わってくる。


まあ、モスマンの巨大な複眼と、ガチガチと鳴る(あぎと)に囲まれたら、誰だって必死になるだろう。多分


「いや……驚くこともねえか。

ここは帝都だもんな、いて当たり前か。

しかしまじであれ、俺に手を振ってんのかっ!?

これはどうするっ? うわ、参ったなあ……」


手を振るアイとティカの必死なおももちが、段々怒りの形相へと変化していった。

恐らく気付いても座ったままで動こうとしない、サンフィルドに苛ついているのだ。


サンフィルドに無視されたら、(そば)で嚙み合わされる大顎(おおあご)の餌食となるかもしれない。

おおかたそんな恐怖が、アイとティカの怒りに火を付けているのだろう。


なに無視しとんじゃ、ゴラアッ!である。


サンフィルドは、そんな心の動きが手に取るように分かった。

ちらりと後ろを振り返る。

後方では、ライカ・ユーヴィーのせいで空気が最悪だった。


前へ向きなおればアイとティカが、怒り心頭で飛び跳ね初めている。

こちらも行ったら行ったで、最悪な気がした。


サンフィルドは両者を天秤にかけて、よりましな方を選ぶ。

そんな迷えるサンフィルドの隣に、イースが立った。


「どうしたんだいサンフィルド? 大きな声を出して?」

「イース、俺ちょっと行ってくる……」

「え?」


サンフィルドはフチから腰をずらすと、飛行魔法で元カノたちの元へと降りていく。

アイとティカのいる瓦屋根へ足を付けて、さてどうしようかと思い、結局昔と変わらぬような挨拶(あいさつ)をした。


「よう、どうした? 

アイ、ティカこんな所で?」


アイとティカの大きな一つ目が、恐怖で涙目となっていた。

漆黒の瞳にぬらりとした光沢が増し、ますます妖しく美しく見せているから困る。


虹彩に浮かぶ金の粒子の散り具合が、サンフィルド好みだ。

アイとティカが瞬きで涙を飛ばし、サンフィルドを睨む。


「あんた一瞬、私たちを見捨てようとしなかったっ?」

「酷いよ、サンフィルドっ!」


「あのなあ……久しぶりに会って、甘い言葉も無しかよ……」


サンフィルドは肩をすくめて溜め息をつき、モスマンたちへ顔を向けた。


「モスマンの方々。この2人は、私の古い知り合いなのです。

ですから、警戒を解いて頂けるとありがたい。

久しぶりに会いましたので、少々3人で昔話に花を咲かせようと思います。

ライカ・ユーヴィー様があちらでお待ちですので、どうぞそちらへ――」


サンフィルドが慇懃(いんぎん)に頭を下げると、モスマンたちはガチンと顎を鳴らして、ぶぶぶと飛び立っていく。

モスマンが去ると、アイとティカがその場へへなへなと座り込んだ。


サンフィルドはちょっと考えてから、荒い息を吐く2人の隣へ腰を下ろす。


「モスマンは見た目ほど、怖かねえよ。

あれで意外と料理が上手くて、家庭的なんだぜ。

ふざけてるよな。


アイ、ティカ。

レッサーサイクロプスの居住区は、旧帝都だったろ?

旧帝都は城も何もかも、なくなっちまったよ。

2人とも、よく無事だったなあ」


「無事じゃないっ!」

「お?」


サンフィルドの言葉を、アイが強く否定する。


「私とティカは、一度死んで復活したんだよサンフィルドっ」

「……そうか、お前たちもか」


サンフィルドを睨み付けるアイの隣で、ティカが一つ目をパチクリとさせた。

瞬きするたびに、瞳の中の粒子がキラキラと舞う。


「そうかって、じゃあサンフィルドも!?」

「ん?」


サンフィルドは自ら進んで命を絶ったが、そこは伏せてティカに合わせる。


「まったく嫌になるよな。

イースもリールーも俺も、みんな起きたら灰まみれでやんの」


「イロック様や、レスクさんもっ!?

う゛……う゛う゛う゛……う゛ぐっ。

よ゛がっだあ゛あ゛……」


「おいティカっ、そこ違くね!?

良かったじゃねえだろ、フツー。

しんみりする所だろっ。

あと何、ぽろぽろ泣いてんだよ!?」


「だってだって、私とアイだけがさっ。

巻き込まれてさっ、それでさっ――」


ティカはレッサーサイクロプスの中で、自分とアイだけが死んで復活したこと。

そのため自分たちが、使い捨てのコマにされかけていること。

それがすっごく、心細かったこと。


でもサンフィルドたちも死んで復活したと聞き、自分と同じだと思ったら妙にほっとしてしまい、嬉しくなったことを一気に喋り倒した。

そこから調子に乗って昔の話をしようとしたとき、アイに止められる。


「まってティカ、その話は後だよっ」

「あっ、ごめん、そうだったっ」


アイは空に浮かぶ、船を見上げた。


「色々あるけど、色々あとっ。

ねえサンフィルド。

あの飛行艇にライカ・ユーヴィー様と、フーリエ・ミノン様がいらっしゃるんでしょう?

会わせてくれない?」


サンフィルドはそれを聞き、腕を組んで唸る。


「ん-、駄目だ」

「なんでっ!?」


「やっぱなあ、言うと思ったぜアイ。

細かく言えねえが、ライカ・ユーヴィーはこれからヤベエ事に、首を突っ込もうとしている。

まじでヤベエな。

だからそんな相手に、お前たちを会わせられるかよ。

商売なら他を当たれよ」


口調はとぼけていたが、サンフィルドの目は真っ直ぐアイの瞳を見つめていた。

先ほどアイとティカが感じた、サンフィルドの「一瞬見捨てるそぶり」は恐らくこのためなのだ。

サンフィルドは危険な領域に、アイとティカを巻き込みたくないのだった。


だからと言ってハイそうですかと、アイは引き下がらない。

アイにはアイの、都合があるのだ。


「サンフィルド、ティカの話を聞いていなかったの?

私たちは後がないんだよっ。

テキトーにやって、ぬるい情報を持ち帰ったら、私たちはきっと“地下送り”になる。

エルダーサイクロプス様に細かく砕かれて、再設計されるっ」


「うっ……」


ティカも一つ目を大きく見開いて、サンフィルドに迫った。


「もしここでお別れしたら、私とアイはもう二度とサンフィルドに会えないよっ

それでも良いのっ」


それでも良いのと言われても、もう別れて何十年と経っているではないか。

そんな突っ込みを入れるか迷うサンフィルドに、アイが駄目押しする。


「サンフィルドっ。

さっき城が、跡形も無いって言ったでしょう?

じゃあ、城詰めのレッサーサイクロプスも居なくなったんじゃない?


サンフィルド、あなたも分かっているでしょっ。

私とティカは、きっと役に立つ。

ダークエルフにとって、レッサーサイクロプスはそういう種族なんだからっ」


レッサーサイクロプスはここぞという時に、一切瞬きをせず見つめてくる。

サンフィルドは2人の一つ目に見つめられて、頭から話が飛んで見惚れてしまった。


漆黒の濡れた瞳に散る、金の粒子はまるで星空のようだ。

それは洞窟(ケイブ)時代のグロウマッシュの天井、地上で見た星空に連なる、ダークエルフの原風景と言えた。


この瞳に心奪われたからこそ、サンフィルドは恋に落ちたのだ。

そして欲張って二股をかけたからこそ、アイの店から叩き出されたのだった――


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