646 エルダーサイクロプス謹製の逸品、ラヴィとテカテカ。
イースは船底をノックし、船へ声をかけた。
「外へ、行ってくれるかい?」
傍目から見れば奇妙な事をしているようだが、イースたちの乗る船は正確には船ではない。
“奇妙なウロコ”と呼ばれる、アンデッドなのである。
ストレンジはイカ骨のレアスケルトンで、全長は約15セル(㎝)の弱小アンデッド――のはずなのだが、北の森産は軽く15メドル(m)を超えていた。
まったくもって、化け物である。
同じくレアな魚スケルトン“星への眼差し”といい、北の森のアンデッドは、やはりイカれているとイースはしみじみ思う。
「それにしても、短い指示でちゃんと動いてくれる。
何だか、エルダーリッチ並みの理解力だなあ……
声をかけておいてアレだけど、たかがイカがだよ? 本当に!?
う~ん……とっても興味深いっ!」
イースは自分の独り言を聞き、
ライカの中で舌を出す美女の事など、知る由もない――
*
黄金色の西日を浴びながら、
レッサーサイクロプスのアイ・エイチ・ジャマーンは、廃屋の屋根に設置した望遠鏡を覗きつづける。
近頃はすっかり陽の陰るのが早くなって、過ごしやすくなった。
と言いたい所だが、大気には昼間の熱がたっぷりと残っており、屋根瓦からは昼間に吸収した熱が、輻射熱となって足元から立ち昇ってくる。
アイはその茹で上がるような不快さに耐えながら、望遠鏡を覗き続けていた。
そのかいあってか、アイは舌なめずりをして短く叫ぶ。
「ティカ、来たよっ!」
「むぐうぐっ、ぶーーっ!」
アイの後方で休憩していたティカ・ハシシ・バシャーンが、飲みかけの茶を噴きだすと、食べかけのクッキーやマグカップを背嚢に突っ込み立ち上がる。
「意外と出てくるの早くない!? 何かあったのかな?」
「何かあったか無かったか、サンフィルドに会えば分かるよ、ティカ」
「うわー、会うのどきどきするーっ、アイどきどきしないっ?」
「別にー」
ティカは濡れたような光沢の、大きな一つ目をパチクリとさせ、アイはその深淵を思わせる、黒い瞳の一つ目を曇らせた。
アイとティカはバックパックを背負うと、使役するマイ望遠鏡たちへ声をかける。
「ラヴィ、おいでっ!」
「テカテカも、こいっ!」
名前を呼ばれた望遠鏡たちが、独りでに動き始めた。
ラヴィとテカテカは望遠鏡であると同時に、アイとティカが使役する、希少金属製のメタルゴーレムなのだ。
モールスムーンのボディと同じく、エルダーサイクロプス謹製の逸品である。
望遠鏡の前後を支えていた二脚のスタンド×2が、“くの字”に曲がって、そのまま獣のような四つ足となった。
ラヴィとテカテカは四つ足を器用に動かし、己の伸縮式のボディを縮めていく。
完全に縮まると、長さが3分の1となった。
短くなったラヴィとテカテカは、かちかちと足音を鳴らしながら、ラヴィはアイの後ろへ、テカテカはティカの後ろへ回り込む。
2体のメタルゴーレムは横向きとなり、背嚢の下部にあるラックへ自らドッキングしていく。
アイとティカは体を揺らして、しっかり固定されたのを確認すると、背嚢に物体浮遊の魔法をかけた。
「「物理浮遊っ」」
「行くよ、ティカっ」
「ねえ、サンフィルドに会ったら何て話すの!? もう決めた?」
「そんなの決めて無いよ。
顔見たら、何か思い付くでしょテキトーに」
「テキトーかあ、ちょっと心配だなあ」
「ティカ、こっちが緊張する事なんてないよ。
昔の事は、アイツが悪いんだから。
これは仕事なんだから、割り切っていこっ」
「違う違う。この仕事が失敗したら、私たち本気で行くとこ無くなるかもよ!?
商談なら、しっかり決めといた方が……」
「うっ……分かってるってっ」
「本当かなあ……アイひょっとして、私より緊張してるんじゃない?
サンフィルドに会うの」
「緊張なんてしてないってっ」
「そうかなあ」
「もうっ、私先に行くからねっ!」
「あっ、待ってよアイーっ」
魔法で身軽となったアイとティカが、
廃墟と化した帝都の街を、ノミのように飛び跳ねて移動していく――




