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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第11章 シュミーア・ウィスロー・SSR8・ソービシル
636/683

635 我思う故に我ら群がり、我として我がある。


シュミーアは両腕を大きく広げて、(われ)こそがシュミーアであると高らかに名乗り上げた。

固く閉ざされていた“女王の記憶”は、(ほど)けて星座へと戻り、シュミーアの周りへ群がり始める。


我こそが我であると強く自負し、女王の記憶もまたシュミーアを我と認めた。

我思う故に我ら群がり、我として我がある。


さあ、あんあー、我となってー、おーどろー♪

らんらんらーらーらー、我は、我がすきー♪



    *



「ちょっと待って、モールスムーンっ!?

なんで!? なんで僕は追い出されるのっ!?」


チェダーの主張も虚しく、彼の前で小屋の扉が固く閉ざされた。

チェダーには突然の事で、何がなんだか分からない。


モールスムーンに撫でられてウトウトしていたら、いきなりゴキンと金管アームで頭をはたかれた。

続けて金管アームで脹脛(ふくらはぎ)を連打され(カーフキック)、小屋から追い出されて今にいたる。


普段はとぼけて、掴みどころの無い妹があんなに怒るとは?

一体自分が、何をしたというのか?


チェダーは扉をあけて訳を聞こうと思ったが、妹の怒りに油を注ぎそうで思いとどまる。

これは暫く、時間を空けた方が良さそうだ。


チェダーは小屋の前に腰をおろすと、ぼんやりとした顔で海を見つめる。

寄せては返す波音を聞きながら、いつまでも明るい沖を眺めた。


沖合にはライカの幻が、逆光でシルエットとなり幾つも浮かんでいる。


「はあ……フーリエ。

ライカを連れてくる前に、アレをどうにかするべきですよ。

あんなの見たら、ライカ怒りますよ絶対。

僕知りませんからね」


「本当に困った子ねえ、フーリエは」


「そうですよっ。

あんなもの僕やモールスムーンに見せて、平気なんですからっ。

頭がどうにか……えっ、その声っ!?」


いつもなら頭の中で響いていた母の声が、チェダーの鼓膜を外から震わせる。

振り仰げば、そこに輝くような女王が浮かんでいた。


いや、実際に輝いているのではない。

その実在感が、今までとは比べられぬ程に増して、チェダーの眼に神々しく映ったからだ。

チェダーは、その美しさに見とれて息を呑む。


きらめく銀の髪は、一筋一筋が風になびいていた。

紅い瞳は、その虹彩がくっきりと花のように広がり、チェダーを見つめている。


ハニーブラウンの肌からは甘やかな匂いが立ち、チェダーの鼻腔をくすぐった。

身にまとう深紅のドレスには、優美な(ひだ)がはしり、表面を彩る刺繡(ししゅう)と共に繊細な光沢をたたえている。


もうチェダーには、幻とは決して思えない。


「母上、そのお姿は実体化してっ!?」


「いいえチェダー、まだ実体には至りません。

ですがチェダーが私を思ってくれるから、私はここまでくっきりと現れるようになりました。

全てあなたのお陰ですよ、チェダー。


そしてチェダーが思い続けてくれるから、()に色々と出来るようになりました。

()に、色々とやり方を思い出したんです。

見ていて下さいねチェダー……ふふふ」


シュミーア・ウィスローが指先をくるくる回すと、空中に小さな魔法陣が現れた。

サイズは金貨ほどの物で、数は9つ。


シュミーアがそれをピポパと押すと、PURURU……と奇妙な音が鳴り響く。

それがぷつりと途絶えたかと思えば、どこからともなく異様な叫び声が聞こえた。


†GASHAAAAAAAAAAAHH!†


シュミーアは気にもせず、挨拶をする。


「あーはい私です、ご無沙汰しております。

ソービシル家の8代目、シュミーア・ウィスローでございます。

いつもダークエルフが、お世話になっております。

そちらは、如何なものですか?」


†GGUWASH! GSAHAAAAAAAAA!†


「あら、そうなんですの?

3つに分裂して、逃げていらっしゃる?

これは、お忙しい所をすみません。

つかぬ事をお伺いしますが、この奇妙な閉鎖世界は、貴方様がお造りになられたとか?」


†HOOOOOO! GSAAAAA! GYYAAASHUUU!†


「すみません、手短に済ませますので。

貴方様の苦しみを、このウィスローが何とかして差し上げようと思いまして。

どうでしょうか?

この世界の(ことわり)を、私に委任して頂けませんか?


†ZIIIIII! YYYAAAHHHHHHHHH!†


「ああ、申し訳ございません。

差し出がましい事を申しました。

え、宜しいのですか? 

ええ構いません、それだけでも……


はい、宜しくお願い致します。

はい、有難うございます。

では、失礼しますー」ぺこり


†GISHAAAUUU!†


ぷつり……つーつーつー


「ふう……

世界を創造しながら逃げていらっしゃるので、そんな余裕はないと怒られてしまいましたわ。

なかなか上手くは、行かないものですのねえ。

ですがほんの少しだけ、分けて頂きました。

まあ大丈夫でしょう。少しで充分……」


「あのっ、母上今のはっ!?」


「今逃げているというバーティス神様と、直接お話をしたの。

これも代々バーティス神様と契約している、女王の特権かしらね。

少しだけ、力を譲り受けたわ。

これで距離を無視して、連絡ができるでしょう」


「連絡ですか!?」

「そう……こうやって瓦礫を――」


シュミーアが瓦礫を持とうとして、指がすり抜ける。


「あらやっぱり、駄目なのね。

仕方がないわ、チェダーそこの瓦礫をこっちへ置いてくれるかしら?

そうそう、次はその瓦礫をそっちへ――」


チェダーは言われるがままに、瓦礫の岩を自分の前へ並べていった。

その数は20と4つ。


「母上これはっ!?」

「綺麗に並べたわね、良い子。ちょっと見ていてね」


シュミーアが岩の上でくるくると指を回すと、先ほどと同じように小さな魔法陣が、それぞれの瓦礫に9つづつ浮かび上がった。

シュミーアの指が、それを素早くプッシュしていく。


プッシュした先から、岩からPURURUと軽快な音が鳴り始める。


「いいチェダー?

私の声はあなたにしか聞こえないから、あなたが代わりに現状を話すのですよ」


「誰とです!?」


「海の向こうの同盟国たち。

その王や女王の脳内に直接繋がっているから、この大陸の現状を話してあげて。

そしてこの災いは、世界へ広がると忠告してあげてね。

あなたが、世界へ情報を拡散するの」


「えええええっ!?」




何だか外が騒がしい。

モールスムーンは興味がわいて、こそっと扉を開けてみる。


するとチェダーが瓦礫に向かって、必死に話していた。

何をしているのだろうと興味がもっとわいて、コロコロと近付いてみる。


モールスムーンは怒っていることも忘れて、チェダーへ話しかけた。

モールスムーンの興味は、何よりも優先されるべき事柄なのだ。


「チェダー、ナニシテル」


「ああ良かったモールスムーンっ!

僕一人じゃ、対応しきれないよっ。

触れるだけで繋がるから、手伝ってっ!」


「ナンダソレ、ナンダソレ、ナンダソレ」


チェダーが手短に話すと、面白そうだからモールスムーンも手伝うことにする。

金管アームで、岩の一つに触れてみた。

すると触れるなり、向こうから怒声が飛んでくる。


「貴様っ、いつまで待たせるのかっ!」

「ダレダ、オマエ」


「誰だとは何だっ、そちらから掛けてきておいてっ。

貴様こそ誰だっ!」


「ナンダト」


モールスムーンは、口喧嘩を始めた。




息子(チェダー)(モル)がてんやわんやしている横で、シュミーアはふわふわと浮かび(くつろ)いでいる。

差し当たって他の子供が戻って来るまで、やる事がなくなった。


「ライカとフーリエが帰って来るのは、いつ頃になるのかしら?

まあいいでしょう。

それまでは新しい記憶を、ゆっくりと味わうことにいたしますわ」


シュミーアはそう言って、

読書をするように、手に入れたばかりの記憶をめくり始める――


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