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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第11章 シュミーア・ウィスロー・SSR8・ソービシル
635/683

634 それは、記憶の原野で生まれた反則技。


モールスムーンはダミーの記憶とは気づかずに、食い入るように見つめていた。

彼女の前で、巨大なライカが微笑んでいる。


これはチェダーの視点だった。

チェダーが食い入るように、ライカを見つめているのだ。


「ナンダコレ」


チェダーの視点だとブレまくるので、モールスムーンは視点を切り替える。

地味だが、これもモールスムーンの能力の一つだ。


チェダーの視点を元にして3次元的に再構築し、箱庭を眺めるように、好きな角度から記憶を見つめる事ができる。

切り替わった視点では、チェダーの全体像が映っていた。


チェダーは、空中に浮かばせたスライスチェダーの上で正座をしている。

彼の眼前には、あられもない姿のライカが幾人も浮かんでいた。


これ全て、フーリエが出現させたライカの幻である。


なにゆえにチェダーは、ライカの前で正座しているのか?

チェダーの顔は、長穂耳まで真っ赤だった。

なにゆえ顔を赤くする?


その視線は、ベッドで寝そべるライカを見つめたかと思うと、直ぐに逸らされ泳ぎまくっていた。

なぜに泳ぎまくる?

ちらちらとライカを見つめては胸元を押さえて、チェダーの呼吸が荒く切なくなっていく。


「ナンダコレ、ナンダコレ、ナンダコレ」


モールスムーンはナンダコレを言いながら、何となく察してしまった。

これはあれだ、あれなのだ、煩悩というやつだ。

ほんきかっ!?


チェダーは羽織っていたローブを脱ぎ、綺麗に折りたたんでそっと脇へ置く。

背筋は伸ばしたままで、いちいち律儀な男であった。


白いシャツ姿となったチェダーは、胸元の第1ボタンへ指をかける。


「チョットマテ、チョットマテ、チョットマテ」


第1ボタンが外れると、チェダーは指先をゆっくりと第2ボタンへ這わせた。


「アー、アー、アー、アー、アー?」


第2ボタンを外すと、チェダーは第3ボタンも――


「エー、エー、エー、エー、エー?」


どおりで隠すわけだっ。

隠さなくては、いけないわけだっ。


どうしてうちの兄どもは、どいつもこいつもアホばかりなのかっ!?

モールスムーンは隠す理由に合点がいき、開いた口が塞がらない。


「バーカードーモー」



――ちょっとあの子には、刺激が強すぎたかしら

  でも弱い刺激だと、あなたは直ぐに興味を失ってしまうでしょう?


シュミーア・ウィスローは聞こえてくる、調子っぱずれなモールスムーンの声に耳を傾ける。

耳を傾けながら腰に手を当て、目の前に浮かぶ巨大な立方体を眺めた。


それは彼女が追い求めた、“女王の記憶”である。

しかし明らかに、他の記憶の星座とは形が違った。


とても星座とは呼べぬ代物で、ヒノモトで例えて言うならば、それは“原子の配列”に似ていた。

金属を構成する原子が規則正しく並ぶように、記憶の媒体である星々が、タテヨコ四角くみっちりと並んでいる。


ぎゅっとくっついて並び、一つの強固な立方体を作っているのだ。

シュミーアはそれを見つめて、軽く首をふる。


――あれから、5000年経ちますのに

  モールスムーンは、開けられずじまいなのですね



かつて地底より洞窟妖精(ケイブエルフ)を引き連れ、地上へと進出した女王がいた。

その名は、シュミーア・ウィスロー・SSR8・ソービシル。


彼女は自ら千里眼の乙女となり、大陸中を偵察し、地上の者どもと領土争奪に明け暮れていた。


その当時、女王が供回りとして連れていた、自動筆記型のメタルゴーレムがいる。

女王はそのメタルゴーレムに、過去行った自分の行動、当時の思考など、その他諸々を全て克明に記憶させていた。


そのメタルゴーレムに、山脈ドラゴンの秘術をもちいて一体化したのが、他でもないモールスムーンであった。


モールスムーンは5000年前の女王失踪時、何か手掛かりはないかと、そのゴーレムに取り憑いたのだ。

しかし自動筆記のメタルゴーレムの記憶には、女王による(ロック)がかけられていた。


その鍵はかなり複雑で、モールスムーンは開けようとしたが結局開ける事ができず、現在もそのままだ。

今も“女王の記憶”は、モールスムーンの中で眠っているのである。


その記憶を、シュミーアは欲しているのだ。


――あらあら、5000年かけても解けない魔法の鍵なんて、

  私が開けるなんて無理なのでしょうね

  ですがそんな鍵は、ふふふ……別に開けなくても良いのでしょう?


そう言ってシュミーアは、おもむろに記憶の立方体を(かじ)り始めた。

なんとも魔法をかけた者の、想定外の開け方。


シュミーアはヒノモトのカミキリムシのように、何の苦も無く星々を嚙み砕いていく。

古今東西、鍵など開けなくても、野生の獣は壁を齧って入り込むものなのである。


生まれながらの記憶の住人。

それは記憶の原野で生まれた、獣だからこそできる反則技だった――



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