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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第11章 シュミーア・ウィスロー・SSR8・ソービシル
632/683

631 魔薬(コールカイン)の先に見えるもの。


金髪のショートボブを揺らしながら、チェダー・ダイムスは瓦礫の海岸を歩いていた。

頭は力なく項垂れ、その紅い瞳は足元の瓦礫ばかり見ている。


すぐ傍まで波が寄せて、白く泡立っていた。

チェダーは何の感慨も浮かべず、瓦礫を踏みしめていく。


初めは足元の瓦礫一つ一つが、針山城や旧帝都の街並みだったなんて信じたくなかった。

それに何故、旧帝都で海原が広がっているのか?

まるで意味が分からない。


魔薬(コールカイン)が切れた後は禁断症状も相まって、無様に慌てふためいた。

なぜだっ!?

信じられないっ!?

どうしてっ!?


しかしいくら(わめ)こうとも、寄せては返す波の音が消えるわけではない。

そんな細波(さざなみ)を一日中聞いていたら、喚く気力も失せてしまった。


だから歩いている。

じっとしていたら現実が何なのか分からなくなり、心が壊れてしまいそうだから。


潮風に巻かれながら歩いていると、前方に石造りの小屋が見えてくる。

それは瓦礫の岸辺に、ぽつんと建つ一軒家だ。


小屋は未曾有の災害から、奇跡的に生きのびた建物ではない。

瓦礫の上に、新しく建てられたものである。


建てたのはモスマンたち。

生き残った、チェダーたちのために建築した。


口から吐く糸を接着剤にして、瓦礫を積み上げた一軒家なのだ。

木製の扉や窓枠は、海岸のあちこちから拾ってきたものを流用してある。


小屋の脇には大きな穴が掘ってあり、そこに霧となった長男(ハウラ)が、スライスチェダーのボックスごと埋め込まれていた。


チェダーはたたずみ、その小屋を眺める。

その小屋が見えたという事は、チェダーが瓦礫の海岸を()()()()()()という事。


チェダーは昼間にあの小屋をでて、海岸を左へと進んだのだ。

そのまま海岸沿いをひたすら歩いて行って、今またその小屋に出くわした。


これは何のことは無い。

チェダーが海と思っているものは、実際は直径7キリルメドル(㎞)ほどの湖で、チェダーはぐるっとそこを一周しただけなのである。


ただしそれは、断じて湖ではなかった。


昨晩のこと。

チェダーはボックスに使用していない、スライスチェダーで沖へ出た。


空に浮かぶライカの幻影たちの脇を通り、馬鹿みたいに大きな黒い巨人を大きく迂回しながら飛んだ。

そのまま真っ直ぐ、“対岸”を目指して飛行する。


しかしいつまでたっても、対岸へたどり着けないのだった。

幾ら飛んでも反対側の岸が見えない。

そのうちチェダーは、恐ろしくなって引き返してしまう。


チェダーは昨晩の恐怖を、思い出しながら海を眺める。


「やっぱりここは、空間がねじれているんですね。

海岸に沿って歩くと、普通の広さなんですよ。

でも海の中心へ行くほど、空間が広がっているんです。

これ、どう思いますか?」


チェダーは、岸辺に一人のはずだ。

なのに誰かへ、話しかけているようだった。


「あっ、そうなんです僕もそれは思いました。

この空間のねじれ。


どこかライカやフーリエの住む領域。

天空(アルチュード)立方(キューブ)や、

煉獄(プルガリア)立方(キューブ)に似ていますよねっ。

何か関係が、あるのでしょうか?」


チェダーは首を傾げつつ、腰に手を当てた。


「はあ……それにしてもあの空。

見てくださいあの沖合。

無数の太陽がいつまでも変わらぬ夜空に(うごめ)いて、まだらに明るかったり暗かったり、時間がさっぱりわからない。


見ていると僕、気がおかしくなりそうですよ。

えーとっ、今は夕刻のはずですが……」


そう言って、チェダーは後方へ振り返る。

時間が知りたければ、海に背を向けて後ろを見ればいい。


後方には絶えず空中を流れ続ける、瓦礫の壁があった。

モスマンの槍の効果で、ぐるぐると領域のフチを回遊する瓦礫の群れだ。

それが密になって同じ方向へ流れているため、あたかも壁のように見えるのである。


その壁の隙間を通して、外界の光が見えるのだ。

今は正しく夕刻であり、瓦礫の壁がほんのり赤く色づいていた。


「ひょっとしてですけど、ここは立方(キューブ)になる前段階の空間。

原始のキューブとも言うべき――

ああ、すみませんっ。

今はそんな事を、考えている場合じゃないですよね。


大丈夫です、任せてください。

あなたを実体化する方法は、必ず僕が見つけてみせますから」


そう言ってチェダーは、コールカインの原液が切れてもまだ見える、幻の女王に話しかけた。


「待っていてくださいね、母上」


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