627 朝ごはんだぞ、そして勝負が動き出すっ!
ヒノモト風に言えば、犬の〇ンコが草原に落ちていた。
良く見れば、それは泥まみれとなった美女2人だった。
初めは激しかった攻防も、5日目の朝となるとまるでキレがない。
電池が切れかかっている。
じりじりと絡み合いながら位置がずれていき、ナメクジが這ったような跡が草むらに残る。
お互い無言でうごめいており、いや……もっと近づいて耳を傾ければ、念仏のようなうめき声が聞こえるかもしれない。
もっと腹から声を出せと言いたいが、そんな気力はもう犬の〇ンコにはなかった。
ことの経緯を知らない鬼っ子チヒロラは、幼い頭をフル回転して、楽市を理解しようとする。
「えっと~」
くるっと振り返り、もう一度すがるようにフーさんを見た。
フーさんは渋い顔をして、おじいちゃんみたいになっていた。
チヒロラは何も思い浮かばず、困ってまた同じことを尋ねてしまう。
「あの、これ何ですかー?」
すると赤いおじいちゃんが、重い口を開いた。
「俺だってその道のアレだ。戦闘のな……
だから、どうしたと聞かれりゃ、大概の事は説明してやれる。
その道のアレだからな。
これは意地の張り合いだ。間違いねえ。
だがこれは戦闘なのか? それが正直わからねえ。
俺のやって来たことと真逆のやり方だろ、これっ。
こんなもん仕掛けられたら、俺ならどうする? 受けるか?
冗談じゃねえぞ、こんな馬鹿くせーやり方っ。
考えただけでゾッとするぜ。
だがな……仕掛けられたらよ……
やらなきゃならねえ、時もあるだろうよ。
そうなったら俺は……ぶつぶつぶつぶつ――」
その後もフーリエの説明らしきものが、念仏の如く続く。
もう説明などではなく、ただの自問自答となっていた。
頭の中の言葉が、だだ漏れしているだけだ。
チヒロラには分からぬことだが、フーリエもこの4日間、ライカと楽市に付き合って寝ていなかった。
その為、ちょっとテンションがおかしくなっている。
チヒロラは話が長いのでとっくに聞いておらず、辺りをきょろきょろと眺めた。
遠くの方で、赤い人たちが沢山集まってこっちを見ている。
あの人たちは一体何だろうと思っていると、チヒロラを呼ぶ声がした。
「おーい、チローっ」
振り向けばそこに、草の原っぱをてくてく歩く、霧乃たちの姿があった。
「あー、みなさーんっ! お早うございますーっ!」
駆け寄るチヒロラに、霧乃、夕凪、朱儀、豆福が頬ずりをする。
「チロおはよっ、さっきおっこちる音、してたな。やっぱり、チロだったか」
「おはよーだぞっ、チロっ!」
「チロおはよー、いまきたの?」
「チー、だーっ!」
「へへへ、ちょっとのんびりしちゃいましたっ。
みなさんは、どこに行っていたんですか?」
チヒロラが首をかしげて尋ねると、夕凪が自分の獲物を得意げに見せてくれた。
「チロ、みろっ、これだっ!」
夕凪はワンピースのスカートの裾を両手でつまんで、少し変形させて胸辺りまで上げ、スカートを袋状にしていた。
金色のドロワーズが丸見えだが、気にしてない。
チヒロラがその中を覗き込むと、白くもぞもぞしたものが沢山入っている。
「あーっ、うーなぎさん、これーっ」
「朝ごはんだぞ、チロもたべる?」
「はいっ、食べますーっ!」ぴょんぴょん
「――こいつは体力勝負じゃねえ。気合の勝負だ。
もう駄目だと、気が遠くなっちまった方の負けだ。
それなら俺は、誰にも負けねえんじゃねえか?
むしろ、負ける気がしねえよなっ。
だからよう俺は――」
ぶつくさと呟くフーリエの鼻先に、もと海の幸の、香ばしく焼けた香りが漂う。
そこではっと我に返ったフーリエが、匂いの方角へ鼻を向けた。
見れば北の魔女の幼子たちが、どこからか持ってきた石板の上で、ジュージューと白いイモムシを焼いている。
かなり手慣れており、イモムシはこんがり焼けて綺麗なきつね色だ。
見た目のキモさとは裏腹に、旨そうな匂いでフーリエの胃がきゅううと鳴った。
「ぐっ、お前らまた、そんなものをっ……」
フーリエは顔をしかめるが、これは“クリム貝”と言って立派な貝であり、獣人界ではメジャーなおやつである。
霧乃たちも初めは気持ち悪がっていたが、今では好物の一つとなっていた。
フーリエのつぶやきが聞こえたのか、霧乃が焼き立てを掲げて見せつける。
「フーも、たべるか?」
「俺は昨日から、いらねえって言ってんだろっ。
あとフーって、呼び捨てにすんじゃねえ。
せめて“さん”を付けやがれっ」
「めんどくさいなー」
チヒロラが焼き立てをふーふーしながら、朱儀に尋ねた。
「そう言えば、まーなかさんと、パーナさんと、ヤークトさんはどこですか?」
「ん? まーなかは、かりだよ。
ぱーなと、やくーとはー」
パーナとヤークトは、楽市が食べていないのに自分たちが食べる訳には行かないと、今も楽市の中で応援しているらしい。
朱儀たちは2日目から飽きちゃって、こうして外に出てきている。
「へー……え?
ちょっと、待ってください?
らくーちさん4日もずっと、ケンカしているんですかーっ!?」
「うん」
「えーっ!?」
チヒロラは驚き、改めて泥まみれの楽市とライカを見た。
べっちゃり、ぐっちょり、ねっちゃりと、もぞもぞしているだけ。
チヒロラには、そうとしか見えない。
けれどそうなのだ。
これは立派な、喧嘩なのであった。
そして更に2日――
7日目の朝に、勝負が動き出すっ!




