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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第10章 新たなる始まり
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622 場違いな気配。


とある薄闇の中。

イカ楽市が、自分の名前を考えていた。


(地名をとって、ローイス・ディタニオン?

長いなー、長すぎるんだよなあ。

短くしてローイス? ディタ子?

何か横文字だと、くすぐったいなー。

自分の名前って気がしない。


やっぱり、ヒノモトの言葉でなくちゃ。

イカの楽市だから、イカラク? イカイチ?


ひねりが無いっ、つまんないっ。

これ後で、絶対後悔するヤツだよこれっ

……う~ん)


イカ楽市がうんうん唸っていると、バチバチバチンと大気を切り裂く音がする。


(あっ、本気で始めるのかな?)



    *



右雷(ウダイ)愛雷(アールダゴン)っ!」


ライカ・ユーヴィーが雷禍(スペル)を叫ぶと、彼女の足元に稲妻が走った。

ライカはその上を、雷光の如き速度でジグザグに移動しフーリエへと迫る。


硬質化させた爪に雷撃をのせて、フーリエへ切りかかった。

それがかわされると、すかざず特大の雷球を打ち放つ。


病雷(ビョーブル)っ、喜雷(エンギル)っ!」


先ほどとは比べ物にならぬ大電流が、目と鼻の先、超至近距離で炸裂した。

しかしそれを魔法陣海老(ワイヤーシュリンプ)たちが、針金の身を溶かされながら地面へと受け流す。


とたんにフーリエのすぐ(そば)で、草原が間欠泉のごとく盛大に吹き飛んだ。

なおもライカは手を休めず、雷撃を宿した爪と雷球を繰り出す。


その度に草原がジャグジーのように湧きたち、地雷のごとき爆発を繰りかえした。

雷撃の熱に耐えられずワイヤーシュリンプがすぐ駄目になるので、フーリエは新たな二匹(セット)を繰り出し続ける。


フーリエも身を焦がされながら応戦するが、ライカは足元の稲妻の上を瞬間移動するかのようにバックステップ。

すぐさま切り返してフーリエの懐へ入り込み、雷爪(らいそう)を閃かせた。


「ぐう、ライカっ、お前そんな動きしてたかよっ!?」

「あなた、何千年まえの話をしているの?」


二人を中心にして、絶え間なく雷撃と爆発の轟音が響きわたり、100メドル離れた楽市たちの所にまで、(いかづち)が大気を焼く独特の苦みが漂ってきた。


「うわあっ、どうしよっ!?」


楽市はただ見ているだけで良いのかと、しゃがんでいた状態から中腰となる。

止めに入るか、入らないか?

その焦りと迷いが、田植えのような中腰に表れていた。


霧乃たちも興奮して、楽市の背をよじ登る。


「らくーちどうするっ、がしゃ使うっ!?

がしゃ、かみなり、へいきだぞっ!」


「きり、あれ手も足も、ないやつだぞっ!?」

「うーなぎ、ちっちゃいほー、使えばいいだろっ!」

「あーっ!」


「あーぎも、やりたいっ!」

「まめもーっ!」

「ぶっふ」


「ちょっとあんたたち、プチは駄目だってっ。

あの子たち弱いんだからっ!」


楽市と幼子がわちゃわちゃするなか、パーナが戦闘を見つめながら首を傾げた。


「この戦い、どこかおかしいですラクーチ様」

「え、なにがっ!?」


「変なんですよ。

お二方とも、得意な戦法を使っていないと思います。

ユーヴィー様は、遠距離の攻撃が得意なはずです。


対するミノン様も、赤い霧を出していません。

あれを出せば、もっと楽になるのに……」


「あっ」


パーナは戦闘タイプではないが、千里眼部隊のエースだった乙女である。

視るのが仕事の、ちょっとふっくらした獣娘だ。


そのパーナの観察眼が繰り出す技ではなく、繰り出さない技の不自然さに気づいた。

指摘されて、楽市は改めてフーリエとライカを見つめる。


確かに二人とも、自分の得意分野に相手を引き込んでいない。

それはなぜなのか?

楽市は数度まばたきして、ふと気づく。


「ああ……そっか。

これ、姉弟喧嘩なんだ……」


楽市はそうつぶやき、ぺたりと座り込んだ。

はたから見ていると思い切り殺し合いだが、当人たちは喧嘩をしているのだ。


殺し合いながら、ギリギリの姉弟喧嘩である。

どんなに激昂しても、二人には暗黙の了解があるのだろう。


それは長年、共に生きてきた者同士にしか分からない繋がりだ。

部外者が口を出すことじゃない。


拍子抜けした楽市は、最後まで見守ることにした。

そしてなぜか、ぶすっとする。


楽市たちが見守るなか、互角のように見えた勝負もフーリエがじりじりと押し負けていく。

やはり動きにキレがない。

体内に残る“太陽毒”のせいだろう。


体中を切り裂かれて焦がされて、右腕を吹き飛ばされた所でフーリエが片膝をついた。

しかし目はまだ死んでいない。

生きているのが不思議なほどのダメージだが、ドラゴン由来の生命力がフーリエを奮い立たせる。


その下から睨みつけてくる弟を、姉が見下ろし眉根をよせた。


「フーリエ、お前どこか怪我をしていたのか?」


自分でズタボロにしておいて、その問いである。


「どこも怪我してねえよっ、コノヤロウッ!」

「ふんそうか……では勝手にくたばれ、裏切り者めっ」


ライカはそう言って、フーリエに背を向けた。


「ライカ、まだ終わってねえぞコラアッ!」


「もう相手をするのも、嫌気がさすわ。

残り少ない魔力で、回復でもしたらどう?

それより、私さっきから気になっていたの。

フーリエ、あそこに誰がいるの?」


ライカが顎をしゃくる先には、フレイムエルフたちが陣取っている。


「なっ」


「吹き付けてくる気配が、激しい怒りのようで……それでいてなぜか暖かい。

まるで陽光のようだわ。

なんて場違いな気配なのかしら?」



「あれ、ライカこっち見てない?

なんでこっちくんの? あれっ!?」


場違いと言われた、気配の出所。

北の魔女・楽市が焦り、再び中腰となった――



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