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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第10章 新たなる始まり
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620 一族の恥、裏切り者。


一瞬呆けたライカ・ユーヴィーの紅い瞳が、フーリエを映しながらすうっと冷えていく。


「ちょっと待ってフーリエ。

お前が頼んだだと? 北の魔女に?」


「違う、マメフクだ」


「マメ?」

「フクだ」


「…………」


ライカは一度ゆっくりと瞬き、押し黙る。

胸中で何を思うのか、その表情は能面のように冷えて固まり、うかがい知れない。


フーリエにはライカの視線だけで、陽光が陰り、辺りの空気が重くなったように感じた。

その重みを肌で感じながら、フーリエはゆっくりと立ち上がる。


二人の合間は1メドルもない。

恋人の距離である。


手を伸ばせば、すぐそこにライカがいる。

再会できた喜びを、フーリエはライカを引き寄せ強く抱擁(ほうよう)で示せばいい。

ただそれだけで良いはずなのに――


それができない、ライカがさせない。

ライカから、殺意がじわりと立ち昇りはじめた。


どうして、こうなってしまうのか。

フーリエは胸中でため息をつく。


何事もなく、ただ抱き合えれば良いと思っていた。

しかしライカの気性を知る者として、そうは行かないだろうと……復活させると決めた時から分かっていた気がする。


今のライカは、北の魔女の眷族。

つまり彼女は魔女の軍門に下り、その存在を許された下位者となるわけだ。


フーリエは、ライカがその境遇を甘んじて受け入れる姿を想像できない。

できなければ、ライカはどうするのか?


フーリエは甘く疼く思いを一旦切り捨て、ライカを見据えた。


季節が変わり始めて、涼やかな風が和毛のような草原をゆらし、フーリエとライカの間を通り過ぎる。

新たな命をえて飛び交う羽虫たちが、二人を避けるように草の陰へ隠れた。


ライカがここからどう出るのかと、フーリエが探りを入れようとしたその時、ライカが胸に当てていたドレスを手放す。

黒のドレスが草原に落ちて、ライカは再び一糸(まと)わぬ姿となった。

ライカの長い銀髪が、風の中で踊っている。


つんとした張りのある、ハニーブラウンの乳房。

ほど良いくびれから連なる豊かな腰。

下腹部の白銀の陰り。


何もかもが美しい。


正面に立つフーリエがその魅力に抗い切れず、思わず視線をちらりと下げた瞬間、ライカが動いた。

指先を硬質化(ケラチン化)させ、右の貫き手を放つ。


狙いはフーリエの頸動脈(けいどうみゃく)

フーリエは予期していたのか、顔色を変えず、ぎりぎりで貫き手をかわす。


ライカは突き出した貫き手の指を、熊手のように曲げて、首を刈り取るべく左へ薙ぎ払った。

フーリエは、それもぎりぎりでかわす。

しかしかわし切れずに、左耳と左頬を切り裂かれてしまう。


フーリエは数歩下がって、距離をとった。

それは恋人ではなく、完全に殺し合いの間合いだ。


フーリエが、口から血の塊を吐き出す。

恐らく頬の傷が、貫通しているのだろう。


ライカは指先にからみつく肉片を爪で弾きながら、眉間にしわを寄せた。


「よけるな、フーリエ」


「よけなきゃ、くたばるだろうがっ。

つーか、始めんなら服ぐらい着てからにしろっての。

それぐらいの、時間はいいだろう?

おまえも裸族かよっ」


「…………」


ライカは落ちているドレスへ、一(べつ)もくれず(しゅ)を唱える。


「来たれ、モスの子供たちっ! “黒き手ごね師(モスバーガー)”っ!」


ライカの呪と共に魔法陣が浮かび、そこから6つの黒い(まゆ)が躍り出る。

形は艶のある楕円形。

大きさは、生まれたての赤子ほど。


モスの子供たちは、ライカの周りをじゃれるように飛び交った後、彼女を水平に取り囲んでぎゅんぎゅん高速回転する。

回りながらライカの肌へ、黒い糸を吹きかけていった。


6体の糸が寄り合わさり布地を形成して、ライカの裸身を上から順に包み込んでいく。

衣服が装着されるその間、ライカは燃え盛る紅い瞳でフーリエを睨みつけた。


「なぜ私を、北の眷族として復活させた!?」


フーリエは、口を尖らせ言い返す。


「会いたいからに、決まってんだろうが」


「ふざけるなっ、薄汚い北の眷族になり下がって、何が会いたいだっ。

お前は、誇りまで捨てたのかっ!?」


「俺は、何も捨ててねえよ」


「私がこんな事をされて、喜ぶとでもっ!?」

「…………駄目なのかよ」ぼそっ


「何がだっ」

「俺が会いたいってだけじゃ、駄目なのかって言ってんだよっ!」


「気が触れているのか、お前はっ!?

私が屈辱にまみれた眷族へ落とされて、お前を愛すとでも思っているのかっ!?」


「それでも俺は……っ」

「この一族の恥っ、裏切り者めっ!」


フーリエの声はライカに届かず、モスの子たちの漆黒のドレス作りが終わる――



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