表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第10章 新たなる始まり
618/683

617 「のどかだねえ……」「そうかしら?」


血糊の撤去作業も終わり、楽市はまだ南でやる事があると言って、帝都へ戻っていった。


狐火となって飛び去っていく楽市たちを、シノに肩車されたチヒロラが見送る。

火の玉へ大きく手を振り、元気いっぱい叫んだ。


「またですーっ、またなんですーっ!」


その顔は、にっこにこだ。


「また明日なんですーっ」


そうだ。

また明日。


また明日と言えることが、どれだけ幸せなことか。


楽市たちがどんなに遠く離れていようとも、チヒロラは自慢の時速500キリルメドル飛行でひとっとびである。

チヒロラは大陸の端から端まで、日帰りが可能なお子様だった。


朝、ベイルフで起きてひとっとび。

60ミル(分)ちょいで、現場に着いてお仕事。

そしてその日の夜や、次の日の朝にベイルフへ帰る。


チヒロラは大陸を飛翔し、お仕事をする通勤幼女なのであった。


シノは自分の頭の上に乗り上げて、元気に手をふるチヒロラを興味深げに見つめる。

肩車されているのにぴょんぴょん跳ねようとする、チヒロラの重みを肩で感じた。


ほんの少し前だったら、チヒロラは楽市たちと離れるのが寂しいと泣いていたのに、今ではにっこにこでお見送りだ。

それがシノには感慨深い。


「少し重くなったようだね、チヒロラ」

「チヒロラ、重くなりましたか?」


「そうだとも、チヒロラは少しずつ大きくなっているのだよ」

「チヒロラ、大きくなりますかーっ」


「なるとも」

「へへへー」


「なる」と言われて嬉しくなり、更に跳ねたがるチヒロラだが、思い出したように上からシノの顔を覗き込む。


「お師さま、タミエラはどこですか?」


タミエラとは、チヒロラが妹分として可愛がるフィア・フレイムドラゴンの赤子だ。


「タミエラかね? タミエラは城の赤子たちの所に預けてあるんだ」


「じゃあみんなで、お迎えにいきましょうっ。

チヒロラ会いたいですー」


「ふむ……そうかね、では皆で迎えにいこうか」

「はいっ」


シノとキキュールに、休憩など必要ない。

けれど血糊の処理も終わり、一区切りと言ったところである。

そこでキキュールにも声をかけ、休む事にした。


チヒロラがいるから休息する。

“刷り込み”によりチヒロラを大切に思うシノにとって、チヒロラとの時間も大切だからだ。


チヒロラは城へ着く間、肩の上からシノとキキュールへ、“天空”のことや“帝都”の話をした。

シノとキキュールは楽市から粗方聞いていたが、チヒロラから聞く話はまた新鮮なのだ。


チヒロラが何を見て、何を感じ、どう頑張ったか。

それはチヒロラ視点の、チヒロラの物語なのである。


「あーぎさんと、川の中をめちゃくちゃ走ったんです。

ほんとにほんとに、一杯っ。

そしてそれはですね、チヒロラとあーぎさんしか出来ないんですよっ。

へへへ」


「ほほう、チヒロラとアーギくんしか出来ないのかね」

「そうなんですーっ」


シノが興味深げに合の手を入れると、チヒロラが益々上機嫌となる。


「それでですねー、その川がすっごく汚くて臭いんですっ。

でもベイルフに帰ってきたら、やっぱりベイルフの方が臭いって思いました。

やっぱり凄いです、ベイルフの勝ちですっ」


「ふふふ……それは勝ってないだろー」

「キキュールさん、これは勝ちなんですよっ」


カニポイと小さな尻尾たちの話を聞いて、気持ちを引きずっていたキキュールが微笑んでいた。

笑うだけの元気を、チヒロラから貰ったと言うことだ。

チヒロラとのやり取りは、キキュールの憩いの場でもある。


シノはチヒロラの物語をもっと聞いていたいから、城までの道のりをワザとゆっくり飛ぶ。

チヒロラ特急号(エキスプレス)ならぬ、シノ鈍行号である。


三人でとりとめも無くお喋りしていたら、城に近づくにつれて、獣の赤子の元気な鳴き声が聞こえてきた。

キキュールがタミエラの声も聞こえるかもと、獣耳を済ます素振りを見せると、チヒロラも面白がって真似をする。


そんな二人の他愛ないやり取りが、シノにとっての憩いだった。


めるるる~

ぱっふぱふぱふぱっふ

びびびびびーっ

もーんもんもんもん

きゅる~ん?



    *



次の日の昼下がり――


とある青々と萌ゆる草原で、サンフィルドとリールーが(くつろ)いでいた。

和毛(にこげ)のような若草に二人で座り、リールーがお茶の用意をしている。


「ルスギナ茶でいい?」

「何でも、かまわねえよ」


サンフィルドは昨日芽吹いたばかりであろう草原の匂いを、肺の奥に吸込みゴロリと寝転がった。


「のどかだねえ……」

「そうかしら?」


草原と言ってもここはなだらかではなく、その表面はぼっこぼこだ。

そこに水が溜まって至る所が池となり、昼間の日差しを反射してきらきらと輝いていた。


他にも墓標のように突き立つ、無数の黒い大槍。

少し離れた所には、泡ぶくがそのまま固まったような黒い山があった。


本当に泡そのもののように少し透き通っており、日差しが当たって、池や槍とともにてかてか輝いている。

一見のどかだが、確実に異質な風景。


ここは少し前、カニポイとフーリエの軍団が激突した場である。

元は森が広がっていた地帯だ。


大陸の南端にも国つ神が分祀(ぶんし)され、この場所も森として復活するはずだったが、恐炎妖精(フィアフレイムエルフ)によるドラゴン由来の魔炎で草木が灰となり、育ちが悪いのだろう。

そんな場所で、サンフィルドとリールーは茶を楽しむ。


(かたわ)らに寝かせた、イースの死体と共に――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ