615 ライカを数えろっ!
ちょっとおまけの、フーリエ視点。
泰然としたポーカーフェイスで、フーリエの心が叫ぶ。
(何だ、見つめてくんなっ!?
ちょっ、お前っ、かわい……くねえっ!
お前なんざ、可愛いくねえぞ、コラッ!
お前らの精神攻撃に、この俺が屈すると思ってんのかっ。
あああっ、コラ、クソッ!
もっと怒れ俺っ! 怒りやがれっ!
お前なんか、視界に入れてやるものか、視界に……
ぎゃああ白トカゲっ、てめえ何だ、そのお座りーっ!?
くうっ……かわい……くねえっ!
可愛いくなんざねえぞっ!
手足を器用に、折り曲げやがってクソっ!
背中まるっこいなー、このやろう!
てめえなんざ……てめえ……
ぐはあああっ!
何だお前、双子だったのかっ!?
やべえ、落ち着け俺っ、こいつはやべえっ。
バカヤロウッ、二人して同じ顔で見つめてくんなっ!
破壊力がっ……
コノヤロウ、俺様はフーリエ・ミノンだ!
こんな作りもんの感情で、なびくような俺様じゃねえっ!
ぐっ……くるしい……やめろ、そんな目で見つめてくんなっ。
やめろっ、やめろっ。
お前なに、顔を赤くしてんだよ!?
ふざけんなよっ、ふざけ……や……やべえっ。
顔を背けろ俺っ! こんな手に引っかかるんじゃねえっ。
俺の心は俺様のもんだっ、顔を背けろおおおっ!
ゴキンッ(顔を背ける音)
ああ……やばかった、今のはやばかった……
落ち着け俺。
数えろ、ライカを数えろっ!
1000人のライカから、7人ずつ引いていくんだっ!
ライカが993、ライカが986、ライカが979、
ライカが972、ライカが965、ライカが958、
951、944、937、930、923、916、909……)
*
今や、北の森の中核と言える“都市ベイルフ”にて――
大陸中から、夜の内に運び込まれた死者の数、およそ10万。
その全てを復活させ、楽市たちが帝都へ旅立った後のこと。
シノとキキュールを中心にして、ベイルフの民が一丸となり、復活した者たちを新たな居住地へ先導した。
10万人を全てベイルフで吸収するのは、不可能だ。
なのでその大部分を、ドラゴンの転移門で“ハインフック”へと移住させた。
ハインフックは、ベイルフから更に北へ50キリルメドル(㎞)奥に築かれた、城塞都市である。
瘴気をまき散らす“黒い国つ神”が、ハイド山に顕現したとき、このハインフックはハイド山に近すぎた。
そのためハインフックは高濃度の瘴気に侵され、人の住めぬ廃墟となる。
この地は以前、ナランシアの部隊が駐留していた都市であり、
廃墟後はイース、リールー、サンフィルドが、一時的に拠点としていた都市でもあった。
人の住めぬ都市ではあるが、復活者はその限りではない。
むしろ濃い瘴気など、御褒美である。
丸二日夜も徹して復活者を移住させたあと、千里眼の乙女たちやベイルフの民はへとへととなり、朝日そそがれるベイルフの城壁外で寝転がっていた。
そんな中、シノとキキュールは休まずに、辺りに溢れかえる血糊の撤去作業へと入る。
死者10万人ぶんの流れ出た血糊が、沼の如くベイルフの城壁外に広がっているのだ。
それを見た千里眼の乙女が手伝おうとするのを、キキュールがたしなめる。
「ほらクローサ、ヤルナ、良いから休んでいろ。
もう充分、働いてくれたじゃないか」
「でもキキュールさんや、シノさんはやってるじゃないですか」
「そうですよっ、私も何かお手伝いをっ」
もうへとへとのはずなのに、まだ手伝おうとする二人へ、シノは不思議そうに首を傾げる。
「私とキキュールは眠くもならないし、疲れもしない。
だから良いのだよ。
魔法で、血を撤去するだけだからね。
手間はかからないし、安心して寝ていてくれたまえ」
シノとキキュールは、アンデッドの上位種である“エルダーリッチ”だ。
シノはローブを羽織った骸骨だが、キキュールは獣人に偽装し、見目麗しい黒髪の獣娘だった。
キキュールが、エメラルドの瞳を和らげ微笑む。
「ふふ……その気持ちだけで嬉しいよ、クローサ、ヤルナ。
けれど――」
キキュールはそこで言葉を切り、辺りを眺める。
「なぜ皆は、ベイルフ内の家へ戻らないんだ?」
辺りには思い思いに血糊の沼で寝転がる、ベイルフの獣人たちがいた。
なぜ悪臭漂う、血の中で休むのか?
「ああ……そうなんですけど、寮や家に帰るには、川で水浴びしなきゃ駄目じゃないですか」
「ちょっと億劫と言うか……あははっ」
クローサは顔をしかめて、ヤルナは照れ笑いする。
そんな二人は、全身が腐臭漂う血糊で赤黒くなっていた。
なぜと問うたキキュールも、全身これ赤くて黒い。
獣人たちは徹夜作業でへろへろとなり、水浴びするのが面倒くさいのである。
だから皆、激クサでも構わず、血糊の沼で仮眠をとっているのだった。
疲労を感じないキキュールは、たかが数十ミル(分)の水浴びさえ面倒というのが、ちょっとピンとこない。
ピンとこないが獣人の生態をまた一つ知れたと、獣人マニアのキキュールは得した気分になる。
「なるほどっ」
「ちょっとキキュールさん、真面目にうなずかないで下さいよ」
「凛々しいキキュールさん、素敵ですっ……ふふふ♡」
激クサ血糊べっとりの中で、獣娘たちが恥じらい身をよじっていると、突然そばで爆発音が響く。
どっぱあああああああんっ
何事かとシノやキキュールが振り返り、辺りで微睡む獣人たちも、億劫そうに瞼を開いた。
早朝の日差しが、虫よけで炊かれた煙を白く輝かせ、その奥よりぺちょぺちょとした足音を立てる、小さなシルエットが見えた。
「お師さま、キキュールさんっ、ただいまなんですーっ」
チヒロラが大きく手を振り、にっこにこで走ってくる。
「チヒロラ!?
「チヒロラかね!?」
「チヒロラちゃん!?」
「あーっ、チロちゃんだっ!」
チヒロラは着地に失敗して大地を転げまわり、全身血糊でべっちゃりだった。
鼻が曲がるほどの悪臭に包まれても、全然動じてない。
「チヒロラお仕事、がんばりましたっ♪」




