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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第10章 新たなる始まり
611/683

610 楽市の独り言。


狐火が縦にくるくる。

すぐ後ろで青白い火の玉が回っているというのに、赤ら顔の男は気付きもしない。


それだけ豆福をあやすのに、気を取られているのだろう。

それもあるが、楽市は辺りに舞い散る♡の花弁が、感覚を鈍らすのだと考えた。


ここはどこもかしこも、神々から生れた♡で形作られている。

どこを見ても桃の色。


この中では愛と言うか欲というか、そんな感情が充満しており四方八方から浴びせられるのだ。

恐らくそれに埋もれて、他の気配が分かり辛くなっている。


かく言う楽市も、周りから放射される愛だか欲だかに当てられて、感情が走り気味なのを自覚していた。

精神攻撃にタフな楽市も、流石に世界全てが桃色だと調子が狂うようだ。


豆福を抱っこする、男の背中。

楽市の子をあやす男。


楽市は「何だそれっ」と内心焦る。

どうなっているのか?

それではまるで、楽市のはんりょ――


おっと、いけないいけない。

間抜けな錯覚に、気を取られている場合ではない。


楽市は自分にそう言い聞かせて、狐火の回転を加速させる。ぎゅるるる

愛欲のデバフに背を向けて、努めて冷静に男を見つめた。

そう言えば、この男は一体何なのだと。


楽市は黙考する。


(こいつは、エスエスなんちゃらのダークエルフだ。

それは間違いない。

最上位のダークエルフ。

はっきり聞いてないけど、こいつはあの女を復活させたいんでしょ?)


そう考え、楽市は“天空”での戦闘を思い返す。

モスマンの大群を引き連れていた、あの女を――


(あの女、復活させて大丈夫かな!?

危ないでしょ、ヤバいでしょ!?)


そう心で喚きながら、だがしかし。

だがしかしである。


楽市は、男の背中を凝視した。

男の背中は、未だ傷だらけである。


楽市の瘴気と今は♡マークの加護で、傷口は塞がっているが完治はしていない。

陽光ハチドリの太陽毒は、この世界で生まれただけあって神の加護に耐性を持ち、傷の修復も阻害しているようだ。


背中へ刻まれた傷の一つ一つが、カニポイを庇ってくれた証拠だった。

彼は体を張って、カニポイを守ってくれたのだ。


赤い男に思惑があろうとも、その傷を見て楽市はただただ感謝の念しかない。

それにこの男はエスエスなんちゃらと同時に、今はもう北の森の眷族なのである。


(あたしたちの為に、体を張って死にかけた。

あたしの眷族……

そう思うと、この人が望むなら叶えてあげたい)


あの女を復活させるとすれば、あの女もまた楽市の眷族となる。

そこに蛾の女の意志など、入り込む余地はない。


敵であった目の前の男。その変化を基にして考えてみれば――


(う~ん……何とか大丈夫、か、な?

でもなあ……そんなにあの女が良いの?

いや、知らないけどさ……)


楽市は豆福をあやす、傷だらけの背中を恨めし気にながめた。

なぜか気持ちが安らぐ。


子供をあやす男の背中を見つめているだけで、こうも心安らぐものだとは思わなかった。

赤い男の頭や肩に、たくさんの♡の花弁が乗っかっているのも、ポイントが高い。


何だか、のどかさに拍車がかかっている。

いつも威張り散らすような男が、あたふたして背中を丸めているのだ。


(背中、大きいな……)


困っている姿が、正直可愛らしい。

この男……口は悪いが、その時がくれば良い“おとうさん”と言うヤツになるのだろう。


そしてまた何かがあれば、傷だらけになってでも子を守ってくれるのだ。

そんな想像を、楽市はぼんやりしてしまう。


(はあ……あたしの豆福を、抱っこしているくせに……)


楽市はそこでハッと我に返った。


(……えっ!? あっ!? 

今なにを考えてた!?)


楽市は自分の不満気な思考が、自分で理解できない。


(なに今の!? 訳わかんないっ!?

今のなしっ、ちょっと勘弁してよもうっ!)


自分を惑わす邪気を追い払うように、狐火を加速させ、舞い散る花弁を吹き飛ばした。

この桃色世界にいると、感化されて気持ちが桃色に走り気味だ。


その気がこれっぽっちも無いのに、おかしな事を考え始める。

自分の感情が煩わしい。


(ああもうっ、ああこのっ、ややこしくなるっ!)


楽市が必死にぎゅんぎゅん回っていると、いつの間にか赤い男が、怪訝な顔をしてこちらを見つめていた。


「あっ」


男の腕の中で、豆福が頬を膨らませてのけ反り、楽市の狐火へ両手をのばす。


「らくーち、だっこ」


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