602 ねえねえねえ あの人って、ひょっとして ぼくの(あたしの)
幼き尻尾たちの高まりに突き動かされ、カニポイがその気になった。
「やるー」
お気に入りのおまえーさんから手を離し、ゆっくりと体を倒して四つん這いとなる。
肩から生える“龍の腕”も含め六点で体を支えると、カサコソと桜色の床を這い進んだ。
その後ろから、獣がしゃも忍び足で付いてくる。
獲物は目の前で不規則に揺れる、大きなふわふわ。
カニポイは獣がしゃと目配せした。
桃色の人が、気付いた様子は全くない。
とん、とん、とん、とん、とん、とん
辺りに子気味よい音が響く中、カニポイと獣がしゃはじりじりと進み、充分に近づくと大きく跳ねた。
ぴょぴょーん
我らに警戒もせず、背中を見せるなど迂闊なり。
一瞬の浮遊感と共に、がしりと桃色の尻尾を掴む。
掴んだと同時に、顔が尻尾へ半分ほど埋まった。
何という柔らかさかっ。
カニポイはもっともっと、頬を擦り付けたくなった。
さて飛び付かれた桃色の人は、どんな顔をしているだろうか?
充分に尻尾を堪能したあと、顔を上げてみれば、思った通り桃色の人が振り返って驚いていた。
やったイタズラ成功だ、やった、やった、やったっ
カニポイの中の小さな尻尾たちが、喜びでぎゅんぎゅん赤い渦を作る。
やった、桃色の人を驚かせたぞっ
ねえ、桃色の人って誰なんだろう?
誰って、桃色の人は――
*
ネギを切る真似を止めて、後ろへ振り返る。
たったこれだけの事が、楽市一家には大仕事だった。
まず角つきの二十七倍重い、巨人の首をねじる。
(最初は首ね、首を左に回すよっ、ゆっくりで良いからねっ!)
(((( おーーっ! ))))
楽市のかけ声で、幼子たちが自分の首を全力で力ませた。
(((( ふぬぬぬぬぬっ! ))))
角つきサイズならば首に連動して、肩が勝手に動いてくれるが、桃色巨人はそんな優しい仕様じゃない。
(くふうっ、次肩ねっ、肩いくよーっ!
左を後ろに引っ込めて、右を前に突き出すっ。
ふおおおおおおっ!)
(((( ふおおおおおおっ! ))))
そのまま腰をねじり、両膝を軽く曲げつつ、巨人の重心を右へ少しずつズラしていく。
(ふぐぐっ、膝がやばいっ。ちょっとだけで良いからっ!
ちょっとだけ体の重さを右にっ、このおおおおおおっ!)
(((( このおおおおおおっ! ))))
ズレていく重心を右の爪先で踏ん張って支えつつ、左の踵を少し浮かせた時は、みんなでその大仕事“ふりかえり”を喜び合った。
まだ小芝居の途中だが、楽市は霧乃たちをべた褒めする。
細かく繰り出す褒め言葉は、幼子たちのテンションを段違いにさせるのだ。
(あんたたち凄いっ、良くできました、偉いっ!)
(あひひひっ、これぐらい、きりは、できるーっ!)
(うひひひ、ちがうっ! うーなぎの方が、できるーっ!)
(らくーち、あーぎも、できたよっ!)もっとほめて♪
(足はチヒロラに任せて下さいっ、らくーちさんっ、あはははっ!)
(よしじゃあ次は、顔を下に向けるよっ。
カニポイたちに、驚いている顔を見せてあげようっ!)
(((( あげるーーっ! ))))
下げる桃色巨人の顔は、初めから驚いた顔で造形されていた。
背を向けて顔が見えないのを良いことに、予め驚いた表情にさせていたのだ。
ちなみに顔のモデルは、チヒロラのリクエストで“キキュールさん”となっていた。
始めは“お師さまがいいですー”と言っていたが、楽市がやんわりと断っている。
そしてここからが、振り返りムーブ最大の見せ所。
今回初めて、巨人の表情まで動かす。
普段の戦闘では顔の動きなど必要ないと、角つきを操るときはいつも無表情だった。
しかし今日は違う。
この表情こそが、主役である。
(霧乃は右目に集中してっ、優しく細めてねっ。
夕凪は左目をお願いっ。
朱儀は、右の口の端っこねっ。
チヒロラは、左の口の端っこっ。
口の両端を持ち上げて、にっこりさせちゃおうっ。
あたしは、眉と耳を動かすからっ!)
(((( まーかーせーてーっ! ))))
――桃色の人が、驚いた顔をしている。
やったイタズラ成功だっ
小さな尻尾たちは、ぎゅんぎゅん赤い渦となって喜んだ。
すると驚いていた桃色の人が、獣耳をぱたぱたさせながら、優しく微笑んでくれた。
やったやった、桃色の人が笑ってくれたっ
桃色の人、大好きっ
ねえ、桃色の人って誰なんだろう?
桃色の人は、桃色の人さ
ねえねえねえ
あの人って、ひょっとして、ぼくの(あたしの)――




