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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第1章 異界の異物
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006楽市、また起こされる


楽市は、夢を見ていた。

 

兄に毛繕いされている夢だ。

丁寧に首筋の毛を舐めてくれる。

うなじの毛を舐め、耳を甘く噛みほぐし、背を舐めてくれる。

 

ああ……これは夢なのだと楽市は気付いた。

なにせ、兄がこれほど丁寧に毛繕いしてくれるはずがない。


それでも気持ちが良いので、仰向けになる。

お腹の毛も舐めて欲しい。

 

麗らかな日に野原で寝ころび、兄に尽くさせるなど、何と気持ちが良いことか。


狐冥利に尽きるというもの。

兄がしきりに鼻先を舐めてくる。鼻はくすっぐたいではないか、兄よ。


抗議するように、楽市がイヤイヤしても止めてくれない。


「くふふ……いひひ……ああっ、もう兄さまっ。

そこは駄目だと、あたしがこれほど嫌がって……ん?」


そこで目が覚めた。

 

「ふわあああ……」


まだ急な覚醒で、思考がおぼつかない。覚めたはずなのに、まだ鼻を舐められている。


鼻先を見ると穏やかな陽の下で、草の葉先が鼻をくすぐっていた。

楽市は(わずら)わし気に、手で払いのける。


その時、ちらりと見えた自分の袖に、目が止まり飛び起きてしまった。


「なにこれ!?」


白かった楽市の小袖が、黒く染め上げられている。

そこへ金の流線が細かく施されており、まるで全身に川の流れを、(まと)っているかのようなデザインだ。

 

足元も、黒足袋と黒草履に変わっている。

誰が勝手に…と思うより先に、国つ神と祟り神の戦を思い出した。


金と黒の争い。


基本、白狐である楽市の着物は、自分の体表面を変化させたものである。

本物ではない。足袋も草履も同様だ。


それが勝手に変わっているということは、単に着せ替えられた訳じゃない。


楽市そのものに変化が起きている。

意識を失っている間に、何かが起きたのだ。


警戒しながら辺りを見回す。

そこは、山の斜面を覆う広い草むらだった。


ずっと下の麓まで、眩しい緑が続いている。

崩壊した南斜面全体が、草原となっているのだ。


有り得なかった。

祟り神の瘴気は、あらゆる命を衰弱死させる。

かく言う楽市も意識を失う前に、体が全く動かなくなっていたのだから。


「どういうことなの?」


また、楽市には分からない事が増えた。のどかな景色を眺めながら、苛立ちが募る。

楽市は感情を爆発させた。


「このおおっ、何がどうなっているか説明しろおおっ」


尻尾を、ぱんぱんに膨らませて叫ぶ。

 

「何だこれっ、意味が分かんないっ、分かんなああああいいいっ!」


地面をこぶしで殴り、草を千切っては、手当たり次第にぶん投げた。

 

「誰か何とか言ってよっ、この下にいるんでしょお!」


何度もこぶしで地面を叩く。

 

「無視すんなっ、無視しないでよっ」


殴る力が、次第に弱くなっていく。

怒りをぶつける相手がいない。

話を聞いてくれる相手がいない。


「兄さま……」

 

誰も居ない、居なくなってしまった。


楽市はあの夜のことを思い出し、悶えて斜面を転がり続けた。

出っ張りで跳ねて、頭から落ちてしまう。


「くぎゅうううううっ……」


仰向けになり、激しく息を切らせて空を見る。

込み上げる思いに耐えられず、一瞬顔が歪む。


しかしそれを、手の平で無理やり押し戻した。

暫くそのまま動かない。

いや、動けなかった。


「返して、返してよ……みんなを返して……」


兄も皆も、黒く変わり果てて、地の底に沈んでしまった。


楽市はたった一人、見知らぬ地に残されてしまう。

空には雲が流れ、草むらが風でそよいでいる。

 

心地良い一日。

 

それなのにこの穏やかな世界を、楽市だけが拒み続けた。





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