581 「おまえーさん」
落ちていく山河や森から生き残るため、様々な種の生物がそこから飛び出し“ハチドリ”となっていく。
それは過酷な環境を生き抜くための術であり、収斂進化と言えた。
全くもって奇怪奇天烈な異界の怪鳥群だが、その中でも輪をかけて特殊なハチドリたちがいる。
物理法則を無視して、天より流れ落ちる極光。
その淡く輝く翡翠の帯から、逃げ出す生物たちだ。
それは翡翠色の、光の精霊と言うべきかもしれない。
生物と呼ぶにはいささか迷う、光の住人たち。
彼らもまた、全てが落ち行く世界で素早く移動できるように、薄く透き通った羽を激しく震わせていた。
オーロラと言う磁場の溢れる暖かな光より抜け出て、心許ないのだろう。
己の霊体が散るのを防ぐため、大気に混じる元素と結びついて透明な殻を生成していた。
ガラス細工のように美しく見えるのは、そのシェルを身に纏っているせいだ。
ただ嘴だけは、餌となる光、霊体、霊魂を捕食するため半霊半肉のまま。
その鋭い口先をスケイルメイルに滑り込ませて、ころりとした赤い毛虫をついばむのだ。
極光のハチドリたちからしてみれば、カニポイは赤い実の詰まった大樽のようなものだろう。
ぴっぱりりりりりり~
*
「あー! あー! このー!」
カニポイは慌てて小さい手で胸元をはたくが、奇怪な鳥たちは羽をブブブと震わせバックステップ。
鳥とは思えぬ直角ターンを繰り返して、カニポイの手を難なくかわしていく。
そうしたのち手の届かない箇所に止まって、またカニポイの中身を嘴でまさぐるのだ。
カニポイは「なんでー!?」と口癖を叫びながら、とにかく気持ち悪い鳥を吹き飛ばそうとして死霊ドルイドを唱える。
「 柔らかな肌触り!」
その瞬間、自分の起こした暴風で後方へもんどりうってしまった。
「あれー!?」
角つき骨を保持しながら自由落下の中で放つと、足の踏ん張りが聞かなかった。
もんどりうった衝撃で怪鳥は振り落とせたものの、カニポイは火を噴いたロケットのように後ろへ吹き飛んでしまう。
そのまま姿勢が保てず、空中で鼠花火のように回転し続ける。
「あー」
回りながら落ちていく、カニポイと角つき骨。
そんな間抜けな姿を、大カケラは逃がさない。
巨大な一歩で海を割りながら間合いを詰めると、千手の掌ではたき落としにかかる。
†GASHAAAAAAAAAAAAA!†
大気を震わす怒号と共に、天高く振りかぶった数百の白い腕が、豆粒の如きカニポイたちへ襲いかかった。
はたから見ていると、馬鹿みたいにデカい“えのき茸”が振り下ろされたかのようだ。
カニポイと角つき骨は完全に逃げる機を失って、打ち降ろしがまともに入ってしまう。
神より二度目の平手打ちである。
だがインパクトの直前、角つき骨が光翼を結界へ切り替えた。
そのため二体は、何とか爆発四散を免れる。
しかしその衝撃は、やはり凄まじかった。
カニポイと角つき骨の体は、斜め一直線。
海に向かって、流星の如く突き刺さってしまう。
そして盛大な水飛沫を立てて、海面で大きくバウンドした。
結界の効果で海を“押しのけ”、海原に巨大なクレーターを穿ちながら、入射角と同じ角度で反対側に跳ね飛んだのだ。
この間、僅か数舜。
カニポイと角つき骨は、決して互いを離すまいときつく抱き合っていた。
跳ね飛んだ勢いが収まると、角つき骨はすかさず光翼を羽ばたかせてUターンする。
カニポイは角つき骨の胸にしがみ付きながら、彼の名を呼んだ。
「おまえーさん」
“おまえー”は角つき骨の名ではないが、カニポイは角つき骨を“おまえー”以外に呼びようが無い。
けれど何度も助けてくれる角つき骨を、もっとこう尊敬を込めて呼びたかったのだ。
だから“さん”を付けてみた。
戦闘はいまだ真っ最中で激しく、自分の中の小さき尻尾が何人も食われた。
カニポイは一層、馬鹿デカいダークエルフとその眷族へ憎悪を滾らせる。
滾らせながらカニポイは、戦いの中で深まる角つき骨への想いも、またしっかりと嚙みしめていたのだった。
「いけいけ、おまえーさん。
あいつら、みんな、ころすー!」




