556 三位一体、神を切り刻む刃。
横たわる大カケラの、安全圏にて――
†HAAAAAHH……NNH†
先程まで赤子のように泣いていた大カケラが、花のような笑顔を見せる。
愛する左腕が、戻ってきてくれたのだ。
カケラの女神はもう二度と離すまいと、己の黒く染まる左手を搔き抱き、頬ずりする。
左腕からのっそりと国つ神が広がり、女神の体を覆い始めた。
全身の束縛が待ちきれない女神は、包まれ始めた左半身を抱き枕のように右の手足で抱くと言う、器用な真似をこなす。
†KUFFUUUUUUUNN……†
(また、へんな声、だしてる)
(これたまに、らくーちも、出すやつな)
(らくーちの、ねごとだねー)
(はふーん)
(ちょっと待ってっ!? あたしそんなの出してんのっ!?)
蜜のような吐息を漏らす、大カケラ。
その声に霧乃たちが顔をしかめ、楽市が慌てる中で、チヒロラだけが「白い肌を隠すとは何事かと」大いに嘆いた。
(かくすなんて酷いですー。
らくーちさんを、見習って下さいっ。
朝から、ずっと裸なんですよっ!)
(ちょっとチヒロラ、それがしゃだからっ、あたしじゃないからっ!)
(らくーちさん見て下さい、顔までかくしちゃいました。
あれって、どうなんでしょうかっ!)
(え? どうって言われてもっ!?)
楽市とチヒロラのやり取りを、他の姉妹がポカンと眺める。
霧乃たちには、なぜチヒロラが怒っているのか理解できず、楽市も余り理解したくない。
楽市はチヒロラの両脇に手を差し込み、“たかいたかい”をして、取り敢えず場を濁した。
ぱたぱたとさせるチヒロラの足を避けながら、楽市はもう一方の巨獣ペアを眺める。
巨人楽市のすぐ隣で、カニポイと角つきが手を繋いでいるのだ。
カニポイは大カケラへの攻撃が待てず、隙あらば単独で挑もうとしていた。
それを巨人楽市でなだめていたが、角つきが連れて来られると、カニポイが急に大人しくなる。
楽市はピンときて、角つきにカニポイの手を握らせると、カニポイはもうドラゴンシールドで跳ね飛ぼうとはしなかった。
ただ不満は燻っているらしく、さっきから角つきに八つ当たりしている。
「おまえ、どこいたー?
どこだー? いくなー。
なにしてたー? だめだろ、なー」
八つ当たりされる角つきは意味が分からず、ボーっと突っ立ったままだ。
楽市は二体から視線を外すと、東の空を眺める。
新月の夜は、星が良く見えた。
そこに、飛び散る瓦礫が無数に混じる。
星と瓦礫でチカチカするものだから視認しずらいが、奇妙な物体が八〇〇メドル上空に浮かんでいた。
楽市は大カケラへ接近する前、パーナとヤークトに千里眼で大カケラを偵察させている。
その際の報告でパーナとヤークトが、台風の目のような安全圏を見つけてくれて、それと一緒にもう一つ妙な物を見つけたのだ。
楽市は、パーナとヤークトが交互に報告してくれた内容を思い返す。
(ラクーチ様、
長さ三十メドル、幅十メドルほどの巨大な金属の箱が、上空に浮かんでおります。
中には城の瓦礫が、うず高く積まれていました)
(その周囲に、多くの白いダークエルフ亜種が浮遊しております。
数は約八〇〇。
恐らくシルバーミスト・ドラゴンの能力を得た、ダークエルフかと思われます)
(他に黒髪と金髪の、ダークエルフ亜種が一体づつ。
黒髪の方は、かなりの深手を負っている模様です)
(そしてもう一体、動く自動筆記がおります。
ラクーチ様。
これは以前、キリさんたちが映像で見せてくれた自動筆記。
SSR型のダークエルフ、モールスムーン・エルソッコかとっ)
楽市はそこまで思い出し、上空から視線を外す。
敢えて、上空のSSRを無視した。
楽市は巨人楽市の尻尾を伸ばし、角つきの肩に触れる。
(ねえ……光の翼って、ギリギリまで効果の範囲を小さくできる?)
*
がしゃ部隊の巨大幽鬼は、全部で五体。
その内の三体を合体させ、平べったくさせる。
その背に三体の巨獣が乗ると、重合体の幽鬼がふわりと浮かんだ。
中央に立つ角つきが両膝を抱えて座り込むと、その後ろにカニポイがぽすんと座る。
カニポイはドラゴンシールドで角つきを挟み、ひょいと持ち上げた。
そのままではバランスが悪いので、巨人楽市が脇に立ち、角つきの上腕骨と肋骨を掴みサポートする。
角つきは全身骨なので、掴む場所には困らない。
カニポイと巨人楽市に持ち上げられた角つきは、背中に生える骨の翼を羽ばたかせ、紅い光翼を発生させた。
星雲の渦状腕の如き翼が、何処までも左右へ広がっていく。
それが花に止まる蝶のように、ゆっくりと中央で閉じられ、一本の紅い筋となった。
角つきが、光翼の押し返す効果範囲を極端に狭める。
全長 三〇〇〇メドルの紅い翼。
角つきは、赤と黒の祟り神の腕の中で、神を切り刻むための刃と化した――




