544 悔しいけれど、これは恋ね。
フーリエはそのサンライトイエローの瞳を、一ミリたりとも逸らさない。
「まあいい……
それほど言うなら、幾つか質問に答えろ」
「なんなりと」
「お前の報告書に、北の魔女は殺した者を全て作り変えると書いてあったな。
あれは本当か?」
「間違いありません。
私はこの目で何度も、その場面を見ております」
「敵も味方も、関係ないのか?」
「その場に居れば関係ありません。
そこら辺の細かいところは、調整できないようです」
「ふん……ならこいつらは、なぜ復活しないんだ?」
フーリエは、堆く積まれたモスマンへ顎をしゃくる。
つられてイースも周りを見つめ、モスマンの死体を確かめた。
一通り眺めて首を戻すと、イースは顔を横に振る。
「これらは、残された余分な方です」
「余分な方だと?」
「ここにある死体は、全て頭が付いておりません。
北の魔女は、良く言っていました。
頭だけでも回収してくれと。
それは頭の付いている方が、復活するからです。
付いていない方は、そのままとなります」
「……そのままなのか?」
「はい」
そこでフーリエは、目の前のイースをほったらかして考え込み始めた。
何事かを思い、宙を睨んでいる。
分からない事があるなら、もっと自分に聞けば良いのに。
イースはそう考え、体が微かに揺れ始める。
内なる欲求(好奇心)が高まっている時に、じっとしているのは辛いのだ。
フーリエ・ミノンは、どうしてこんな所でうずくまっていたのか?
イースは思考を巡らす。
魚たちを使い、ただモスマンの死体を集めていただけ――
ではないだろう。
別の何かを探しており、それがまだ見つからない。
そんな所ではないか?
その何かとは、恐らくSSRの長女“ライカ・ユーヴィー”。
ライカ・ユーヴィーがモスマン使いなのは一般ダークエルフは知らずとも、多少情報に接する者ならば知る所だ。
現在北の魔女が、角つきの巨大スケルトンで吞気に移動中である。
という事は、もう戦が済んだという事。
SSR兄妹のライカ・ユーヴィーは、北の魔女に敗北したのだ。
イースは魔女のでたらめな強さに気が遠くなりつつ、フーリエへ尋ねた。
待っているのは、どうしても性に合わない。
「失礼ですが……ライカ・ユーヴィー様をお探しで?」
「むっ」
フーリエは短く唸ったのちイースを睨み付け、更に黙り込んだ。
その眼に熱がこもる。
いや実際、周囲の気温が急激に上がり始めた。
フーリエの輪郭がぼやけて炎が噴き上がり、山頂の大気が激しく揺らぎ始める。
じっと見つめてくるフーリエから逃げる事もできず、炎で炙られる苦しみに耐えていると、イースの体から霧が噴き出し始めた。
どうやら中に取り憑くシルバーミストが、体温調節をしてくれているらしい。
イースはハッとして振り返る。
リールーにはシルミスが取り憑いているが、サンフィルドには何も憑いていないのだ。
イースとリールーは急いでサンフィルドを間に挟み、自分たちから溢れる霧で包んでやる。
「サンフィルド、大丈夫かい!?」
「サンフィルドっ」
「やべえな……助かったぜイース、リールー」
尚も温度は上昇し、山頂の植物や灌木が自然発火した。
岩肌に流れるモスマンの血が煮立ち、モスマンの毛や肉が焼け焦げて悪臭を立て始める。
どこまで上昇するのかと思われたその気温が、ふつりと唐突に止んだ。
発生した火災も消え失せていた。
残り香のような余熱が上昇気流を保ち、周囲の冷涼な風が吹き込んでイースの頬を撫でてくれる。
イースの目の前には何事も無かったかのように、元の姿のフーリエが立っていた。
フーリエは抱き合うイースたちを見つめ、語気荒めに語り始める。
「聞け、イース・エスっ」
どうやら先ほどの熱波は、胸の内を話すか話さないかと言う苦悩の現れらしい。
なんて大迷惑な、苦悩の仕方なのだっ。
などとイースたちは、口が裂けても言えない。
つんけんと語るSSRの言葉に、長穂耳を立てる。
「なるほど……」
イースは真剣に頷き話を聞く。
その間ずっとサンフィルドを間に挟み、三人で抱き合ったままだ。
フーリエに怯えているような、この格好が丁度良い。
フーリエも特に咎めないので、この体勢のまま話を聞いている。
聞きながらイースたちは背中に手をまわし合い、お互いの背に、指で文字を書き合っていた。
目の前のフーリエの話を聞きながら、指文字で会話をしているのだ。
なんとも器用なものだが、情報収集で長年地方を巡っている間に獲得した、三人の特技だった。
人知れず、情報のやり取りができる。
真ん中のサンフィルドが、イースとリールーへ指で語りかけた。
(つまり一緒に戦っていた、ライカ・ユーヴィーを探していたってのか?
魚に探させているが、これがポンコツで、モスマンの死体ばっか持って帰って来やがると?)
(確かライカ・ユーヴィーも、今はモスマンらしいからね。
魚には、見分けが付かないんじゃないかな)
(本当にポンコツなのね。
ねえ、フーリエも一度死んでいるのかしら?)
(多分そうだと思う。
“生存確認”をかけたら手っ取り早いけど、かけたら怒るかな?)
(イースやめろっ、頼むから止めてくれっ!)
(ねえ、ライカ・ユーヴィーはとっくに復活して、フーリエ・ミノンを置いて帝都へ行ったんじゃないの?)
(リールー、それはあるなっ!)
(そうだよねえ、その可能性もあるよねえ……)
「おいイース・エスっ、聞いてんのかお前っ!」
おっといけないっ。
指での会話に、気を取られ過ぎてしまった。
イースは変な間を取り繕うため、重々しく語る。
「大変に……申し訳ありません。
お伺いしながら、検討しておりました。
つかぬ事をお尋ねしますが……
ライカ・ユーヴィー様は既に復活して、帝都に向かわれたのでは?」
「むむっ」
それを聞き、フーリエがまた押し黙った。
腕を組み、怒りとも苦悩とも分からない表情をする。
「……ライカが俺を置いて、先に行っただとっ?
それは無いっ、それは絶対にないっ……」
再びフーリエの輪郭がぼやけて、炎が噴き上がり、大気が燃える。
「あれほど空で、やりまくったんだっ(戦を)。
久しぶりだったぜ、あれ程やったのはっ!
久しぶりに二人で一つになって(取り憑き)、燃えたんだぜっ。
そんな俺を残して、ライカが一人で行くわけがねえっ……
行くわけが……ぐぐぐっ」
(おいイースっ、さっきより熱くなってんぞっ!?)
(サンフィルド、やりまくったって何をやったんだろう?)
(お前気になるとこ、そこかよっ!?)
(はあ……悔しいけれど、これは恋ね……)
(恋!? 何言ってんだリールーっ!?)
(ねえサンフィルド、知っているでしょう?
ライカとフーリエは昔、恋人同士だったのよ。
別れたって聞いていたけど、まだ付き合っていたみたいね。
ううん違う……今回の戦いで恋に再び火が付いたんだわ。
多分、戦いの中で寄りを戻したのよ。
SSRはムカつくけれど、その恋……正直素敵だわ)
(はー、恋っ!?
知るかそんなもんっ、イース何か言っとけっ!
フーリエ・ミノンを落ち着かせてくれっ)
(何か言えって、言われても……)
(イース、こう伝えて。
部下のリールーが、見つけて見せるって)
(え、君がかい?)
(探し物を見つけるには、それなりのスキルが必要だわ。
ならここは、私の出番でしょう?)
そう言ってイースチームの諜報担当、リールー・ウラ・レスクが微笑む――
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