051 楽市、巨獣になる~よし一発で殺してやろう~
――これは狩りなのだっ
(ねててっ)
(おきちゃだめ)
(ふー、ふー)
「う……う~ん」
夕凪、霧乃、朱儀の三人からすると、楽市は狩りで少し手を抜くクセがある。
今起きると、「逃げる者は追うな」とか言い出しかねない。
冗談じゃない。
三人は狩りで手を抜くなど、まっぴら御免なのである。
三人の気迫が伝わったのか、後ずさりするストーンゴーレムたちがピタリと止まった。
ストーンゴーレム間の緊張が、限界まで達している。
パニックになって、背中を向けて逃げるかと思ったが、逆にストーンゴーレムたちは、じわりと前に出た。
(おっ)
(うん)
(あー)
ここで逃げられないと悟ったストーンゴーレムたちが、覚悟を決めたようだ。
土壇場で息を整え、心を切り替える。
一度パニックになりかけた所を立て直すなんて、なかなか出来ることじゃない。
なるほど、中に乗るダークエルフは、伊達にでっかいゴーレムを任されていないようだ。
そういう者たちに、夕凪たち三人は心をちょっぴり動かされる。
夕凪、霧乃、朱儀の三人は、ちょっぴりストーンゴーレムが好きになった。
それは、敬意というものかもしれない。
しかし、そんな難しい言い方なんて三人は知らないのだ。
ただ、「ちょっぴり好きになったな、よし一発で殺してやろう」そう思うだけだ。
じりじりと近付くストーンゴーレムたち。
一番近くにいた左側のゴーレムが、先に仕掛けてきた。
自分の背に載せている護衛ゴーレムを展開させて、ミスリル製のハルバートを投射する。
大きくなった今の尻尾では、機敏に動けず避け切れなかった。
一直線に飛んできたハルバートが、次々に尻尾へ突き刺さる。
しかし表面をチクリと刺すだけで、すぐ抜け落ちてしまう。
はっきり言って、チクチクもしない。
(はあ??)
夕凪は、変な声が出てしまった。
あきれる夕凪をよそに、そのゴーレムが次の攻撃にかかる。
亀のような体の真ん中から上半分が綺麗に分割して、横軸の回転を始めたのだ。
背中に乗っていた護衛ゴーレムたちが、遠心力で吹き飛んでいく。
回転は次第に早くなっていき、強い風が吹き始めた。
しかし、それだけだ。
夕凪は、意味が分からず霧乃に聞いてしまう。
(えっ、なにあれ!?)
(えー、わかんないよっ)
(????)
(どーしよ!?)
(うーなぎ、いーから、やっちゃお)
夕凪たちが左のゴーレムへ気を取られている間に、右側の六体が、密集形態を完成させていた。
先頭が二体の二列縦隊である。
ごおおおおおおおおおおおおっ
六体全てが左のゴーレムのように、上半分を高速回転させて突っ込んできた。
霧乃が、それに気付き叫ぶ。
(うーなぎ、あれ!)
(はーっ!?)
(!?!?)
夕凪と霧乃が突っ込んでくる集団の一体を、慌てて尻尾で掴み放り投げようとする。
しかし、回転するストーンゴーレムは掴みにくかった。
その隙に、他の五体が脇をすり抜け迫る。
(わーっ、このーっ!)
(とんでけーっ!)
夕凪と霧乃が、やっと掴んだ一体を持ち上げて真上に放り投げた。
空から踵を返し落ちてくるストーンゴーレムは、落下速度に自重も合わさり、盛大に地面へ激突し粉々となる。
たった一体にかなり手こずってしまった。
その間に残り五体が、回転する自分をを尻尾へ押しつけてきた。
マース級のストーンゴーレムは、元々攻城戦用のストーンゴーレムである。
敵陣の強固な城壁を、自分の体を回しながら体当たりして破壊するのだ。
(あちちちっ!)
(あつっ!)
(!!!!)
(このおおおおおおおっ!)
(ふんっ!)
夕凪と霧乃が尻尾を削られる摩擦熱に耐えながら、次々に捕まえては、引っこ抜くように放り投げる。
夕凪たちが六体のストーンゴーレムに手こずっている間、左の一体が回転速度を、極限にまで高めていた。
キイイイイイイイイイィッ
回転によって生まれる風切り音が、金属のように響き渡る。
回転速度を最大にするには、時間がかかるのだ。
しかしその時間は、六体の仲間たちが作ってくれた。
左の一体が、黒い巨獣の真後ろから突っ込んでいった。
夕凪と霧乃は、六体と摩擦熱の熱さに気を取られて、察知していない。
しかし、そこを朱儀がカバーする。
迫りくる後ろのストーンゴーレムとその回転音から、触れるのは危険だと瞬時に判断し、どうすべきかも考えて二人に心象を送る。
戦闘に直接参加していない分、視野狭窄になりがちな朱儀が、場の流れを冷静に見ることが出来ていた。
(あーっ!)
(あっ、やばいっ!)
(ありがと、あーぎっ!)
夕凪と霧乃は後ろを振り返りもせず、掴んでいるストーンゴーレムをハンマー代わりにして、向かって来るストーンゴーレムの真上へ叩き付けた。
位置は、絶えず朱儀が伝え続けている。
激突した二体が、粉々に砕け散ちった。
切り札を粉砕されて、残る二体のストーンゴーレムの動きが鈍る。
(きりっ、あーぎっ!)
(うはーっ!)
(あーっ、あーっ!)
夕凪の合図で、三人の炎が楽市の体から一気に噴出する。
楽市の呪を、たっぷり吸って放出する全開の炎だ。
それは残る二体のストーンゴーレムにとって、悪夢のような光景に見えた。
巨大な扇のように吹き上がる炎を見て、中に乗るダークエルフたちは、魔獣の逆鱗に触れたのだと思った――




