502 外界を遮る永遠の夜。
「うーなぎ、いそげっ」
「きりこそ、手をとめんなっ」
「これなに? あまいねーっ」
「あーまーいーっ」
「チヒロラ知ってますー。これオーリンって言うんです。
ベイルフにもありましたっ」
「ぶふ?」
集中調理施設の食糧庫にて、
霧乃たち幼子が、山積みにされた木箱に隠れながらコソコソとやっていた。
林檎に似た果実を齧りつつ、自分のポケットやフードにこれでもかと突っ込んでいる。
永松は赤い実の匂いを嗅ぐだけで興味を失い、子供たちの横に寝そべった。
「こらっ、あんたたち大きな声出さないのっ。
見つかっちゃうでしょっ」
小声でしかる楽市に、子供たちは軽く手を振るだけである。
まったくもうと呆れつつ、楽市は自分が膝枕をする男の顔を覗き込んだ。
横座りした楽市の太ももに、だらりと寝そべるダークエルフの頭が乗っている。
男は、第一層でうろついていた警備兵だ。
男の両脇にもパーナとヤークトが横座りして、男の胸に手を当てていた。
何も知らぬ者が見たならば、勤務中に三人の獣人女とむつみ合う幸せダークエルフに見えなくもない。
実際、男の頭の中ではそうなっているだろう。
パーナとヤークトにドルイド魔法の魅力をかけられ、楽市には取り憑かれて意識がぼんやりとしていた。
「ねえ、それって本当なの?」
楽市が甘く囁くと、男は夢心地のまま涼しげな目元の美女を見つめた。
ふっくらとした桜色の唇が自分に話しかけていると思うと、男は自然とにやけてしまう。
「噓じゃねえって、全部だよハニー。
行ってみりゃ分かるって……ふふふ」
男は首を動かし、より柔らかな位置を探すように楽市の太ももを堪能する。
楽市はその動きに、眉をひそめるだけで何も言わないが、両脇に座るパーナとヤークトの目が怖い。
今にも男の首へ爪を立て、頸動脈を切り裂きそうだ。
しかし男には、自分も構って欲しいとねだる可愛い獣ちゃんに見えたようで、下手くそな口笛を吹き始めた。
「パーナ、ヤークト、こいつの言ってること本当かな?」
口笛を無視して楽市が問うと、パーナとヤークトは殺意をもって、男の首を見据えたまま答える。
「本当に羨ましい……じゃなかった、えっとすみません。
私も帝都に来たのは初めてなので、この目で見てみないと……」
「いつかあたしも膝まく……じゃなくて、この男の言っている理屈は分かります。
結界魔法はどれも基本的には同じで、外と内と境界が必要です。
ですがにわかには……」
「う~ん……ここで迷っても仕方ないか」
楽市は尋問を終えると、男のこめかみへ人差し指を取り憑かせ軽くひねった。
するとにやけた男の目が閉じられ、静かな寝息を立て始める。
楽市たちはだらりと弛緩した警備兵をオーリンの木箱に突っ込むと、チヒロラではなく、今度は夕凪の青白い狐火に乗り込んだ。
こっそりとした隠密行動ならば、霧乃か夕凪のほうが良い。
ちなみに第一層をうろつき、間抜けな警備兵を引っ掛けるまで、霧乃の狐火隠密号に皆で乗車していた。
「らくーち、それじゃいくぞっ」
(夕凪おねがいっ)
小さな狐火は皆を乗せて、倉庫の天井をすり抜け上層へと向かう。
凝りすぎた調度品、柄のうるさい壁やカーテン、パーティーで泥酔する肥えた貴族たち。
その他あらゆる石材、木材、金属、皮革、硝子を、すり抜けて行く。
すり抜けながら、密接に繋がり合う尖塔から適当に一つ選んだ。
夕凪は尖塔の先端までたどり着くと、漆喰と灰色の瓦をすり抜けて、とんがり屋根の上にちょこんと着地した。
着地した途端、夕凪は炎をぶるると震わせ素っ頓狂な声を上げる。
「やべえっ、ぜんぶだーっ!」
夕凪の中でも、楽市たちが驚きの声を上げていた。
楽市たちが見たもの。
それは、尖塔が隙間なく連なる壁だった。
針山城を、尖塔で作った殻が覆いつくしている。
城の傾斜に沿って、こちらへ伸しかかるような角度で壁がそびえていた。
つまり最初に外側から見ていた針山城は、城本体ではなく、城を覆いつくす殻の方だったのだ。
■ □ ■
■ □□□ ■
■ □針山城□ ■
尖塔の殻→■ □□□□□□□ ■←尖塔の殻
針山城から見る尖塔の殻は、全て黒妖石でできており見渡す限り漆黒である。
城を覆う黒妖石は無数の光源が散りばめられており、こちらから見る景色はまるで星空のようだった。
外界を遮る、永遠の夜。
洞窟エルフ時代の地下天井。
楽市は人工の星空を見つめて、途方に暮れた。
二人羽織り、入れ小細工、マトリョーシカ。
目の前の壁を見て、ヒノモトで見た似通ったものを様々に思い浮かべる。
(噓おおっ!?
これ全部が、結界の依代なのーっ!?)
――噓じゃねえって、全部だよハニー




