496 チェダーとナーガナーガのお着替え(前編)
ここまで読んで頂きありがとうございます。
すみません。話の流れが遅くなるのでカットしたシーンを、どうしても書きたくなったので書きました。
チェダーとナーガナーガが、ステンドグラスの執務室へ来るまでのお話です。
多分、前編と後編になります。
おまけとして、楽しんで頂ければと思います(・v・)
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地上へと通じる暗い石段で、見目麗しい男たちがしゃがみ込み、ひそひそ話をする。
男たちの見つめる石段の先は、上階から漏れる光でぼんやりと明るくなっていた。
「チェダー、城の転移指輪は持ってねえのかよっ」
「この格好で、持っているわけないでしょうっ」
この格好とは一糸纏わぬ、すっぽんぽんの事を指す。
何にも身に着けていない、ハニーブラウンの肌。
生まれたままの姿だ。
太ももに当たる石段が、ひんやりと冷たい。
「じゃあここから一番近い、転移駅は?」
「多分この先にある、集中調理施設の配膳用ですよ」
城内には各階層へ移動するための転移門が、“駅”として設置されていた。
城専用の転移リングを所持する一部の者を除いて、皆が転移駅を使用して広大な城内を移動するのである。
「しょうがねえ、そこまで行くぞチェダー。
不可視っ…………んっ!?」
ナーガナーガは姿を消すための不可視の呪文を唱えたのに、その効果が現れていないことに気づいた。
スラリとした身体ながらも、厚い胸板に触れながら弟へ尋ねる。
「チェダー、俺の体って消えてる?」
「消える訳ないでしょうっ。
城内では秩序維持のために、不可視は解除されるんですよ。
それだけじゃない。城の中では勝手な転移も、飛行もパスされます」
「面倒くせえっ、誰がそんな仕様にっ」
「ボクたちじゃないですかっ」
「ちっ」
「ナーガナーガ付いて来て下さいっ。走りますよっ」
チェダーはそう言って立ち上がり、石段をイナシルの如く駆けあがった。
「あっ、てめえ勝手に決めてんじゃねえっ」
ナーガナーガは駆けあがる弟の尻へ毒づき、自分も走り始める。
石段の先はヒノモトで言うところの、トウキョウドーム十八個分の広さを誇るセントラルキッチンの北端だった。
普段使われていないせいだろうか、出口には食材の空木箱やら梱包材が乱雑に置かれている。
二人はそれを大股で飛び越えて、キッチンへと出た。
巨城マージュ・ディタニオンの台所、セントラルキッチンは今日も地獄のような忙しさだ。
それは例え、敵が攻めてきたとしても変わらない。
厨房の誰一人として、北側の壁に立つ裸の男たちのことなど気づきはしない。
皆、鍋を振る手元と竈の炎しか見ていなかった。
「どっちだチェダーっ」
「何でもかんでも、ボクに聞かないで下さいよっ。
えっと、あっちですっ」
しなやかな指が、南西の方角を指し示す。
三階ほどブチ抜いて高くとられた天井には、キッチンの狂乱と蒸気が立ち昇り、キッチン雲を作っていた。
その雲間からうっすらと、天井から吊るされた赤い看板が見える。
転移駅の案内図だ。
「良く見えねえ……ん?」
紅い瞳を凝らして見つめるナーガナーガの前を、調理人が大きな木箱を台車に乗せて横切っていく。
木箱の隙間からは、ヒノモトのガチョウのような鳴き声がひっきりなしに聞こえていた。
ナーガナーガはぺたぺたと素足の音を立てて歩み寄り、調理人の襟元をむんずと掴かんだ。
「おい、さっさと服をぬ……」
自分で着るため白衣を脱がそうとした、ナーガナーガの形の良い眉が歪む。
男の白衣は胸元から下が、様々な油じみで彩られていた。
掴む襟元もぬるりとする。
「うぐっ」
改めてキッチンを見渡せば、どの調理人も似たり寄ったりだった。
全身油まみれの、汗まみれである。
それもそのはずで、ここは汗と涙と狂熱が入り混じる“男の修羅場”なのだ。
小綺麗な者など一人もいない。満身創痍の男たちばかりである。
前面の汚れ即ち、数多の食材と逃げずに向き合ってきた勲章なのだ。
その証拠にどの男たちも前面は油まみれだが、その背面は泡立てた卵白のように汚れ一つ無く白かった。
修羅場の背中である。
「ぐ……」
ナーガナーガは調理人の襟から手を離し、さっさと行けと怒鳴りつける。
調理人は赤い目をパチクリさせて、逃げるように台車を押して去っていった。
彼は裸の男に襲われてもちろん驚いたが、それよりも目の前の男が、自分よりも遥かに格上のダークエルフだと感じ取り恐れ慄いたのだ。
「ナーガナーガ、奪って着ないのですか?」
チェダーが歩み寄り、首をかしげた。
「ふざけんなっ、すっげえ汗くせえってのっ。俺は鼻が良いんだよ。
チェダー、てめえが着ればいいだろっ」
「ボクは初めから、着る気なんてないですよ。
他人が着ていたものなんて。
それより早く行きましょう。チラチラとこちらを見る者が増えてきました」
「あっ、てめえ! また勝手に走り出すんじゃねえってのっ」
チェダーとナーガナーガはSSR型の身体能力の高さをフルに使い、風のようにキッチンを走り抜ける。
混雑する厨房の中でぶつかりもせず、時にはシンクや食材の木箱を踏み台にして、高らかにジャンプした。
厨房の男たちの頭上を、大股を広げてすっぽんぽん兄弟が飛び跳ねる。
色々と見えちゃっているが、男同士だから気にしない。多分




