049 楽市、巨獣になる
夜明けから大分たち、霧がすっかり晴れたようだ。
本来ならば、良く晴れた爽やかな一日となるはずである。
けれど、破壊された森が陽に当てられて余計に目立ち、凄惨さを増していた。
辺りにはすり潰された草木の青臭さと、掘り返された土の匂いが立ち込めている。
そこへ、獣たちがぶちまけた臓腑の匂いが入り混じり、強烈な悪臭を放っていた。
そんな目を背けたくなる場所に、相応しい巨影が立ち揺らいでいる。
夏まぢかの陽射しの中でぬるりとした獣が、木々より遥かに高い位置で身をくねらせ、辺りを睥睨する。
黒い体躯にはしる幾筋もの金の流線が、陽を浴びて鱗のように煌めいていた。
巨獣からは陽光に掻き消されることの無い瘴気が、生きるもの一切を屠るため、絶え間なく溢れ出ている。
ダークエルフたちの目が、恐怖で釘付けとなった。
――ここにいては、いけない
誰もがそう思い口々に叫ぶ。
「撤退だっ、急げ!」
恐慌で騒ぎ立てるダークエルフたちは知る訳もないが、そんな彼らを震え上がらせる巨獣の中で、三人の子供たちがワチャワチャしていた――
「う……うーん、殺してやる……こ……コロムニャ」
(らくーちっ、おきてっ、おきて!)
白目になってうなされている楽市へ、霧乃が必死に声をかける。
しかし、全く起きてくれない。
(らくーち!)
(きり、それあとっ、こっちてつだってっ、おもーい!)
夕凪が、楽市の代わりに体を操っていた。
正確に言うと、尻尾を操ろうとしている。
しかし、馬鹿みたいに長くて大きくなった尻尾の操りが、うまくいかず夕凪はとっても苛立っていた。
朱儀が手伝おうとするが、
(あーぎはだめっ、しっぽないから、へんなふーになる!)
朱儀は尻尾がないので勝手が分からず、無理に動かすとあさっての方向に跳ね回るのだった。
(うーっ)
ぴしゃりと言われた朱儀が、すねてしまう。
目の前の大きなオモチャで遊べないなんて、そんなのずるいぞ!
そんな心象が、朱儀からばんばん伝わってくるので、夕凪が雑になぐさめた。
(こんどっ、ねっ、こんど!)
(あーっ、うーなぎきてるっ、いっぱい!)
左から一体、右からいっぱいだ。
ストーンゴーレムが山腹の斜面で足を滑らせつつ、近付いてくるのが見える。
(きりっ)
(うんっ)
((せーのーっ!))
夕凪と霧乃が、息を合わせて長い尻尾を持ち上げる。
いつものように、尻尾の根元へちょっと力を入れるだけでは、全く動いてくれないのだ。
ちゃんと尻尾の先まで意識を凝らせないと、ちっとも上がってくれない。
(きり、もうちょっと!)
(うーっ、おもーい!)
持ち上げた尻尾の先は、天高くそびえて不安定に揺らめいていた。
二人は心象を通して、軌道を細やかに調整し合う。
(いくよっ)
(うんっ)
のたうつ尻尾を抑え込みながら、一番近くのストーンゴーレムに狙いを定めた。
((いけーっ!))
気合いと共に遥か高みから振り落とされた尻尾は、ストーンゴーレムの脇にそれ、地面に叩き付けられる。
亜音速の衝撃が一気に地面へ開放され、その瞬間爆発的な土煙を巻き上げた。
(あーっ、うーなぎおしいっ!)
(くそーっ!)
その破壊力の凄まじさに、朱儀が興奮してしまった。
(あーっ、あーっ!)
ただでさえ楽市から湧き上がる瘴気を浴びて興奮気味なのに、今の衝撃は朱儀の琴線をガッツリ震わせてしまったのだ。
(あ゛ーっ、う゛ーっ!)
暴れる朱儀を夕凪が、必死でなだめた。
(だから、こーんーどーっ! ねっ、こんどだってばっ!)
――させて、させて、させて、させて、させて、させて、させて、させて
(こーんーどーっ!)