401 二つの黒き太陽。
谷底へ落ちた角つきに、追撃の槍は降ってこない。
やはり見えないと、投げようがないのだろう。
楽市は、しばらく崖上を見つめた。
夕凪も隣に立ち、上を眺める。
(らくーち、あいつら、どーすんの?)
(あの子たち、あんなにずっと飛んでたら、そのうち魔力切れして落っこちちゃう。
もうっ、絶対そのこと忘れてやってるよっ。
頭にくるけど、呼び戻して連れてかないと)
とは言えスターゲイジーまでは、結構距離がある。
近づくのは危ないし、声も届かないだろう。
さてどうするか。
(少し待ってて)
楽市はそう言うと、皆から数歩離れる。
静かに息を整えると、ゆっくりと踊り始めた。
しかしそれは、先ほどまでのドルイドダンスとは違うようだ。
足の運び方がまったく違う。
足をできるだけ地面から離さぬように、摺り足で舞う。
両手は、大きく円を描くように。
金色の瞳は伏し目がちとなり、表情もどこか超然としたものになる。
霧乃たちは、楽市が突然見たこともないダンスを始めたので、目をパチクリさせていた。
(らくーち、なんだー、それ?)
(何やってる、らくーち?)
(のろのろ、してる?)
(のろいー)
(らくーちさん、疲れちゃったんですか?)
(ぶふー)
(ふふっ、疲れてないって。これはこういう踊りなの。
ちょっとダンスを踊ってて、思い付いたことがあって……
数百年ぶりだから、どうかなと思ったけど……うん悪くない。
体がちゃんと覚えてる。あたし凄いかもっ)
パーナとヤークトが、同じ踊り子として興味津々で見つめていた。
いや、楽市のことなら何でも興味津々だ。
(ラクーチ様、そのダンスはひょっとして、ラクーチ様がいた世界のダンスなのですか!?)
(とても緩やかなのに、手足の先まで意識がしっかりと、行き届いているのが分かりますっ。
とても素敵ですっ)
楽市が素直な称賛に、微笑みを返す。
(ありがと。
これはね、あたしのいた所の舞いで、“藤見神楽”というの)
(フジミカグラ?)
(フジミ? 不死身?)
(ずっと昔から、藤見の社で受け継がれてきた、神事の舞なの)
そこで少し寂しく笑う。
(もう、受け継がれてはいないけど……)
神へ捧げる神楽の舞。
それは静かに座して、意識を集中するものとは、また違った“動的な集中”といえた。
全身を動かすその中で、頭のてっぺんから、爪先まで神経を行きわたらせる。
そうした楽市の舞は、彼女の奥底に眠る“黒き国つ神”へと届いた。
楽市の心象内。
その奥底は時間と距離をこえて、こことは違う“北の森の中心点”へと繋がっているのだ。
そこで果てしなく伸びきって、横たわる黒き大蛇。
その胎内に、兄や藤見の仲間がいるのならば、この楽市の舞に強く興味を示すのではないか?
楽市は、そう考えたのだった。
黒き神が楽市の舞に反応して、少し動いてくれる。
楽市はもっと興味を示してくれるよう、
藤見神楽・豊農の儀を舞う。
これは秋に舞う神楽で、通常の神楽とは少し違った。
ホッコリとした愛嬌のある動きが、取り入れられている。
稲を刈る動作を、優雅に舞へ溶け込ませた神楽だ。
黒き神がさらに興味をしめし、浮上してくれる。
楽市は手応えを感じ、いっそう意識を集中させた。
何もまとわぬ裸身で舞うことにより、集中力が容易に高まっていく。
稲刈りの仕草を舞い。
脱穀する仕草を舞い。
熱々に炊きたてる仕草を舞い。
そこから炊きたてをほおばる、仕草を舞いきったその時。
楽市の胎内から、“黒い尻尾”が顕現した。
角つきの心象内で瘴気の奔流が渦を巻き、霧乃たちが楽市の周りを、流れるプールのようにクルクルと回る。
皆がワーキャー騒ぐ中で、楽市は満足げに笑った。
(うん……こっちの方が、ジッとして尻尾を呼ぶより断然早いねっ。
これからは、こっちで行こうっ)
*
無敵の速度で、二〇〇〇本の大槍をサラリとかわし、完全にイキってるゴンズイ玉こと、スターゲイジー七兄弟。
気の短さとは裏腹に、数多いるストーンゴーレムを、丹念に一体一体バラしていく。
七兄弟はいま、過剰な全能感に浸っていた。
――誰にも、止められないギョギョーッ。
敗北を、知りたいギョギョーッ。
世界で一番のお魚さーまー、そういう扱いを心得てー♪
七兄弟のイキりが頂点を迎えた時、離れた所で“黒い太陽”が顕現した。
谷間の溝から、大量の黒い瘴気が立ち昇っている。
――ギョギョーッ!! ×7
それを見たとき、魚たちは無いはずの血の気が引いていく。
一瞬で、ここまできた理由を思い出した。
姐さんが、怒っていらっしゃるーっ!
七兄弟はその場で腹を見せ、ピチピチ跳ねそうになるのを辛うじて我慢した。
降り注ぐ二〇〇〇本の槍など、秒ですり抜けて、黒い太陽こと姐さんの元へはせ参じる。
その途中、遥か頭上にも何かが顕現するのを感じた。
扁平な頭をねじって見上げれば、そこにも黒い太陽が浮かんでいた。
いや、太陽ではなく大きな穴である。
スターゲイジーは何度もくぐり抜けたので、それを知っていた。
転移門という奴だ。
どうせまた、あの白いドラゴンどもが来たのだろう。
七兄弟はケッと思いながら、姐さんの元へ急いだ――
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