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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第6章 血糊の沼と炎の海
388/683

387 パーナとヤークト、魂が凍るほどの恐怖に襲われる。


光届かぬ闇の中で、興奮した面持ちのパーナとヤークトの姿があった。

真っ暗闇なため何も見えない。


しかし楽市が、首筋へ施してくれた瘴気の管により、楽市の視界を通して外界を見ることができた。

今そこに映るのは、心象内で眠る、霧乃たちの可愛らしい寝顔である。


「見てヤークト、ラクーチ様がお一人になってしまっているっ。

お一人でガシャを動かすなんて、大変だよねっ」


「その通りだよパーナ、大変さっ。

これは何としてでも、あたしたちがお役に立たなきゃ。

そのために来たんだからっ。

どうパーナ? 行けそう?」


二人とも鼻息が荒い。

問われたパーナが、元気よく答える。


「任せてっ!

私いま、すっごい気持ちが良いの。

やっぱりそうなんだ、わあああっ。


私たち間違ってなかったんだ。

戦闘中も、ガシャに乗って良かったあっ。


私、何度もコールカインを飲んだような、気持ちになったもの。

最高に、目の前が開けた気分っ。


それでいてコールカインが、切れた時のような手の震えがないの。

すっごいよこれ、これなら行けるっ。

ヤークトはどう?」


「もちろんあたしも、行けるってっ!

何だか今なら、何でもできそうっ」


ヤークトはうっとりしながら、楽市がガシャ操縦時に、アゴ先へ食らった一撃を思い浮かべた。

まさに意識が飛ぶ衝撃が、頭蓋へ突き抜けたのである。


楽市を通した視界がプツリと切れて、ヤークトは気を失ったようだ。

しかし、すぐに意識を取り戻す。

ヤークトは、その時の晴ればれしさが忘れられない。


例えるならば、たった今この瞬間、この世に生まれて来たかのようだ。

光を浴び、五感全てが世界へ向かって花開く。


これは覚醒の絶頂なのだと、ヤークトは思った。

その後の雨のごとく降り注ぐ、黒い槍も素晴らしい。


天から降ってくる槍は、特に巨人楽市へ集中していたように思う。

そのため最小限の動きながらも、朱儀の操るガシャは、上半身が霞むほどの速さで体重移動をくり返す。


そうしながら朱儀は、拳で降りそそぐ槍を弾いていったのだ。

その度ごとに、ヤークトの視界がプツリプツリと黒く途絶える。


そして次の瞬間には覚醒して、五感が花開くような絶頂がヤークトを襲うのだ。

ヤークトは狂おしいほどの幸福感を覚え、どうにかなりそうになる。


あのまま槍の雨が降り続いていたら、ヤークトは立て続けにくる絶頂に耐えきれず、きっと死んでしまっていただろう。


ヤークトはそう確信し、思い出すだけで身が震えてしまう。

更に彼女は首筋につながる管より、楽市の感じるもの全てを分け与えられたのだ。


それはまるで、赤子がへその緒を通して、母より血肉を分け与えられるようなものだった。


自分の中に、楽市の血肉が宿る。

その感覚もまたヤークトを狂喜させ、彼女の頬を真っ赤に上気させた。


「パーナやろうっ。

今こそあたしたちが、お役に立てる時だよっ」

「そうだやろうヤークトっ、そしてマーナカさんもっ」


「ぶひんっ」



    *



楽市は消火作業を続ける中、ふと気になり、心象内で頭上を見つめた。


すると薄闇の上空で、フラフラと彷徨(さまよ)う二つの火の玉が目に入る。

二つとも、色は鮮やかな緑色だ。


(あれ、あの色はパーナとヤークト?)


楽市には、フラフラと呑気に漂っているように見えたが、当の火の玉たちはそれどころではなかった。


(きゃああっ、ヤークト広いよ、広すぎるっ。

ガシャの心象内って、こんな大きかったのっ!?

何にも見えない、何にも無いよおおっ)


(落ち着いてパーナっ。

ちょっと予想外だった、一旦戻ろうっ。

戻って、もう一度考えなおそうっ)


(ヤークト、戻るって一体どっちに戻るの!?

上ってどっちだっけ!?

どっちが下なの!?

私分かんなくなっちゃったっ!)


(上って……えっと……

やばい、あたしも分かんないっ!)


パーナとヤークトの前には、無限の空間が広がり、果てのない薄闇がそこにある。

重力も感じられず、上下左右の方向感覚が一瞬で狂ってしまった。


二人は戻るに戻れず、パニックを起こしてしまう。


(きゃあああヤークト、私から離れないでお願いっ、一人にしないでえええっ!)


(違うっ、あたしもパーナに近付こうとしているのっ。

でも離れちゃうっ。

どうなってるのこれっ!?

距離が、全然つかめないっ!?)


(いやあああっ離れないでっ、ヤークト離れないでええっ!)


(だからパーナが、あたしから離れてるのっ。

パーナお願いこっちへ来てっ! パーナああっ!)


(無理っそっちへ行けない、どんどん離れていくっ。

いやあああああっ!)


パーナとヤークトは、果ての無い薄闇の中で、一人永久に彷徨う自分を想像してしまう。

その瞬間、二人は別方向へ無限に落ちていくような感覚を味わう。


果ての無い、奈落の底へ落ちていくおぞましさ。


(いやあああああヤークトっ、ヤークトおおおおおっ!)

(パーナあああああっ、うあああああっ!)


パーナとヤークトが、魂が凍るほどの恐怖に襲われ、泣き叫んだその時――

主の声が聞こえた。


(パーナ、ヤークト、二人とも大丈夫?)


(へっ!?)

(ふあっ!?)


気がつくと二人の火の玉は、楽市の手の平に収まっていた。

パーナとヤークトは、訳が分からず呆然とする。


そんな二人に、楽市が微笑んだ。


(凄いね、完全に取り憑けるようになったんだ。

いつの間に、できるようになったの?


でもびっくりしたでしょ。

心象内って、慣れないと距離感がつかめないから。


最初は慣れた人と繋がって入らないと、迷子になっちゃうもの)


(ふぐうっ……ラクーチ様ああ……

怖かったです、怖かったですうううっ)


(ラクーチ様、うわああっ、ラクーチ様あああっ!)


二つの火の玉が、楽市の胸へピタリとくっつき震え続ける。


(よしよし、よく頑張ったね。

いい子、いい子)


(ふぐうっ)

(ぐすっ)


楽市は二人が落ち着くまで、優しく火の玉を抱き続けてやった。

パーナが暫くして、しゃくり上げながら説明する。


(私たち……ひっく。

ラクーチ様が、お一人でやられているのを見て。

お手伝いしようと思ったんです……ひっく)


こちらは大分落ち着いたヤークトが、鼻をすすりながら続きを語る。


(すみませんでした……ずずー

こんなに取り憑きが、難しいものだったなんて……ずずー)


(大丈夫、難しくないって。

チヒロラも直ぐに慣れたから。


それより二人とも、手伝ってくれるの?

ありがとう、一人で動かすの重いんだよねー。


土を撒くのずっとしてると、腰に来ちゃうんだよ。

動かし方を教えるからさ、一緒にやってくれる?)


(はいっ、お任せくださいラクーチ様っ……ひっく)


(全力で、お手伝いさせて頂きます、ラクーチ様っ。

それとラクーチ様、マーナカさんが……ずずー)


(ん、松永?)




楽市が角つきの頭蓋内へ実体化するため、浮上していく。

その両肩には緑色の火の玉が、ピッタリとくっついていた。


浮上すると言っても、パーナとヤークトにそう感じるだけだ。

慣れた楽市からすれば、低い天井へ手をのばす程度の感覚である。


ひょいと骨の床へ顔を出し、上半身まで出してよっこらせと実体化した。

骨の床に、上半身が生えたような格好になっている。


そこで楽市は、金色の瞳をまん丸く見張ってしまう。


頭蓋にみっちりと詰まっていたつる草は、綺麗に片付けられており、その中央に火の玉がデンと一つ浮かんでいた。


色は青味がかった緑色。

大きさは、霧乃たちが両手を広げたぐらいだろうか。

かなりデカイ。


楽市は、しばらくポカンと見上げてしまう。


「えっ!? これ本当に松永なの!?」

「ぶふーっ」


「うわっ、本当だ松永だっ。松永の鼻息だよっ」


両肩のパーナとヤークトが、興奮して説明してくれる。


「マーナカさんも私たちと一緒に、この中で戦闘を体験したんですっ。

だから出来ないわけないと、思いましたっ」


「あたしとパーナで手を取り憑かせて、マーナカさんに火の玉になるコツを、教えてみたんです。

そうしたらこの通りですっ。


ラクーチ様、マーナカさんに触れて、取り憑いてあげてくれませんか?

そうしたら、マーナカさんの思いが分かりますっ」


「え、思い?」



挿絵(By みてみん)

https://36972.mitemin.net/i586099/




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