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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第6章 血糊の沼と炎の海
384/683

383 一〇〇〇〇歳のヴァーミリアが、うんざりだと諦めているのに、一四五歳のリールーはまだ諦めたくない。


ヴァーミリヤは、苦悩するリールーを見つめ続ける。

リールーは暫くして瞑っていた目を開くが、視線は足元を見つめており、顔を上げようとはしない。


そのまま目も合わさずに、ヴァーミリヤへ問いかけた。


「ねえ、ヴァーミリヤ」

「何でしょうか」


「女王陛下は今、何処におられるのかしら。

あなた知らない?」


その声は、妙に平坦で静かだ。

先ほどまで何かに苦しみ、悶えていた者の声とは思えない。


声に感情が抜け落ちている。

その奇妙な違和感が、ヴァーミリヤに警戒心を引き起こさせた。


大きな一つ目が微動だにせず、リールーを映す。


「聞いてどうするんですか、リールーさん」


「何か変かしら。

女王陛下は山脈ドラゴンの攻略後、地下深くにある旧帝都から、お出になったと聞いているわ。


その後、何処におられるのかしら。

下々のダークエルフには、何処にいらっしゃるのか伝えられていないから。


あたしもダークエルフよ。

気になるのは当然でしょ」


リールーはゆっくりと顔を上げる。

その目には光がなく、焦点が定まっていない。


「リールーさん、一体何を考えているんですか?」


リールーは問われて、ヴァーミリヤと目を合わせた。

ヴァーミリヤは、大きな一つ目を細める。


虚ろだったリールーの瞳に、少しずつ熱がこもっていくのだ

それはとても暗い熱情だった。


リールーの赤い瞳の奥で、暗い炎がちろちろと燃え続けている。

それは一言で表せば、内に秘めたる殺意。


ヴァーミリヤは、その暗い炎が自分の頬へ触れたかのように錯覚し、大きな瞳を何度も瞬かせてしまう。


「まさかリールーさん。女王陛下を殺……」

「…………」


押し黙るリールーを見て、ヴァーミリヤの呼吸が荒くなる。


「どうしてそこまで、思えるんですか!?」

「そうしなければ、SSRが生まれ続けるでしょ……」


「何を言っているか、分かっているのですか!?

女王陛下は全ダークエルフにとって、母のようなお方です。


代々の女王陛下が、地下世界の神“バーティス神”と契約なされたからこそ、

地下都市群は、岩盤崩落を起こすこともありません。


女王陛下のお姿を見たことがなくても、常日頃せっするストーンゴーレムや、

重力を無視した巨石建築などから、その御威光を感じるはずです。

そのお方を殺すなんて!?」


「…………」


リールーは答えない。

ただ殺意を秘めた暗い瞳で、ヴァーミリヤを真っ直ぐ見つめた。

そこに、とても強い決意を感じる。


しかしヴァーミリヤは気付く。

リールーの手が震えていることを。


ヴァーミリヤは、その震えを見て思う。


リールー自身も、自分の考えが恐ろしいのだと。

ダークエルフにとって、聖母のような女王陛下を殺害することは、地獄に落ちるほどの所業と言えよう。


それしかないと頭で考えても、これまで培ってきた信仰心、倫理観、道徳観が己の心を圧迫する。

通常のダークエルフなら、自身の良心に押し潰されるだろう。


それでもリールーは、やろうとしている。

静かに立つリールーとは違い、ヴァーミリヤの方が呼吸を乱していた。


「……あなたはダークエルフを、やめるつもりなのですか!?」

「ヴァーミリ()……あなただって、全てを捨てようとしているじゃないっ」


「それはっ……」


ヴァーミリヤの視線が、宙を泳ぐ。

言葉に詰まって、先がでてこない。


確かにそうだ。

ヴァーミリ()はもう何もかも嫌になって、全てを捨てようとしている。


それは、ダークエルフをやめると言う事。


全てが嫌になり自分を消そうという者が、今さら女王陛下への礼儀を小言のように述べるなど、なんと滑稽なのだろう。


ヴァーミリヤは思う。

ヴァーミリア様は、女王陛下に殺意を抱かないまでも、打ち捨てるのだ。


すべて無かったことにする。

ヴァーミリア様は、女王陛下を殺せないから、代わりに自分を消すのだ。


ヴァーミリア様とリールーの間に、どれほどの違いがあるのだろうか?

リールーとの違いは、相手を殺すか、自分を殺すかの違いだけではないのか?


そこで、ヴァーミリヤは頭を振る。

そんな事はないだろう、殺す事と自死が同じだなんてっ。


しかしそう言い切ることを、リールーの目が許してくれなかった。

リールーの赤い両目が、ヴァーミリヤの大きな一つ目を射すくめる。


「ヴァーミリ()、あたしは逃げないよ。

逃げたくないっ。


少しでも可能性があるのなら、あたしは自分の全てを注ぎ込みたい。

あたしは、イースの傍にずっと居たいのっ。


あたしがずっと、イースをお世話してきたんだ。

あたしが毎日、抱っこしてきたんだよっ。


あたしは一二五年間、イースに全てを捧げてきた。

あたしがイースを、一番分かっているんだよっ。


それなのに今更、他の女なんかに取られたくないっ。


どうしてあたしから、イースを取るのっ?

どうしてそんな、酷いことをするのっ?


絶対に嫌、絶対っ。


イースの子供だって生みたいっ。

家族になって、子供が大きくなって行くのを、イースと一緒に楽しみたいっ。


そのとき子供たちの行く手を、またSSRが邪魔するというのなら、あたしはSSRを許さないっ。


でもあたし一人の力じゃ無理なの、ヴァーミリ()っ。

お願いヴァーミリア、あたしに力を貸してっ。


お願い、あたしを助けてっ。

お願い、お願い、お願いっ……ううう」


ヴァーミリヤが気がつくと、リールーが嗚咽しながら床にうずくまっていた。

赤子を抱えて、慌てて駆け寄り肩へ手をかける。


「リールーっ」


声をかけられたリールーが、顔を上げる。

その赤い瞳からは、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、鼻水も垂らしていた。


リールーはまるで、子供のように泣いていた。

せっかくの、綺麗な顔が台無しだ。


ヴァーミリヤはその顔を見て、胸が締め付けられるような思いに駆られた。

リールーは子供のように、泣いているのではない。


まだ本当に、子供なのだ。


一〇〇〇〇年以上生きるヴァーミリアからしてみれば、一四五歳のダークエルフなど、子供を通り越して赤子と言ってもいい。


そんな子が、ヴァーミリアに助けを求めている。

好きな男と一緒に生きたいと、泣き叫んでいる。


一〇〇〇〇年以上生きたヴァーミリアが、うんざりだと諦めているのに、一四五歳のダークエルフはまだ諦めたくないと、藻掻いているのだ。


リールーは恐怖を押し殺してでも、自分の想いを遂げようとしている。

それに引きかえ、自分はどうなのか?


子供が泣いているのに、どうして手を差し伸べないのか?


「ごめんねリールー。ごめんねっ」


ヴァーミリ()も、一つ目から大粒の涙をこぼし、リールーを抱きしめた。



途中カットシーン

挿絵(By みてみん)


              挿絵(By みてみん)





https://36972.mitemin.net/i583735/

https://36972.mitemin.net/i583744/


 

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