368 らくーちに、パンツなんて、いるかっ、ばかめっ!
転移門をくぐり抜けた先。
楽市は角つきの眼窩から身を乗り出し、炎の海を見つめる。
がしゃ髑髏たちが、炎の海で全滅していた。
楽市にはそう見える。
紅い霧のため全てを見通せるわけではないが、燃え盛る木々の間に、がしゃ特有の巨大な白骨が散乱していた。
煙る夜空を見れば、巨大幽鬼たちが赤い虫けらの如きものに、火炎を浴びせられている。
楽市はそれらを目の当たりにして、眼を皿のように見開き、口をへの字に曲げて固まってしまう。
そうかと思えば、パンッと弾けるほど尻尾を膨らませて、針山のようにした。
後ろに控えるパーナとヤークト、そして松永が、楽市暴発の兆しをとらえて身構える。
「あっ、ヤークトっ!」
「うん、これはくるっ!」
「ぶふんっ」
楽市の口元がめくれ上がり、白い牙が覗いた。
彼女の視界が憤怒で赤く染まり、こめかみで何かがブチ切れる。
ぷちーんっ
瘴気がその瞬間、楽市の全身から爆発的に噴出。
無限に湧き出る漆黒の奔流で、楽市の中から霧乃たちが押し出されてきた。
瘴気に小さな身を弄ばれて、子供たちが慌てふためく。
「なんだーっ!?」
「やめろー、このっ!?」
「むにゃむにゃ」
「ぶあああっ!?」
「すぴー」
幼女たちがもんどりうっていると、パーナの声が黒い瘴気の向こうから聞こえた。
「きりさん、うーなぎさんっ。
ガシャたちが、みんなやられちゃってますっ。
それを見て、ラクーチ様がっ」
「ええーっ!」
「やべえっ!」
「ぶあーっ!」
パーナの言葉で、霧乃たちの気持ちがシャキッとする。
楽市の特濃瘴気に当てられて、眠気もどこかへ吹き飛んでしまった。
それでも足元に転がる二人を、霧乃、夕凪、豆福が角を掴んで揺り起こす。
「あーぎ、チロ、起きろっ!」
「いーかげんにしろっ、このっ!」
「ねーすーぎーっ!」
「むにゃ……ふえ?」
「あれ……ここどこですー?」
ようやく目を覚ました鬼っ子たちの横で、唸り声が聞こえた。
「おのれ、よくもがしゃをっ!
よくも、よくも、よくもおおおっ!」
楽市が喚き散らしながら、頭蓋の骨の床へ沈み込み消えていく。
楽市が消えても、瘴気の奔流は止まらない。
今度は角つきの全身から、絶え間なく溢れ出てくる。
霧乃たちが瘴気をかき分け、楽市の後を追った。
「らくーちまてっ、ひとりでやるなっ!」
「おちつけ、らくーちっ!」
「え、やるのっ? だれとっ?」
「やーるーっ!」
「すごい、三回目ですーっ!」
子供たちも楽市の名を呼びながら、角つきの中へと消えていく。
頭蓋内に残されたパーナとヤークトが、瘴気の暗闇の中で手を取り合い、ローブのフードからベイルフ産のつる草を取り出した。
二人はつる草を握りしめて、ドルイド魔法を唱え叫んだ。
「「 白詰草っ! 」」
するとつる草から大量の芽が伸び始め、あっという間に角つきの頭蓋内を、つる草で埋め尽くしてしまった。
パーナたちはその中心に包まれて、宙に浮かんでいる。
瘴気のためお互いの顔は見えないが、二人は微笑みあった。
「えへへ」
「ふふふ」
パーナとヤークトには、ずっと気になることがあったのだ。
なぜ自分たちが、いきなり最高位の魔術である“属性相転移”を、呪と唱えもせずに使えるようになったのか?
それが全く分からない。
しかし突き詰めて考えた結果、どうやらカルウィズ天領地での戦闘体験が、関係しているのではないかと考えるようになった。
理由は分からないが、どう考えても、あの日が切っ掛けとしか思えなかったのだ。
二人は頭蓋内での戦闘体験を、何かとっても素晴らしいものと感じている。
「ヤークト、これで二回目だよっ。ドキドキするーっ!」
「うんパーナっ。これであたしたちは、もっとラクーチ様に近づけるはずっ!」
「ぶっふーっ」
*
「お前、パンツぐらい履けよ、この変態女がっ!」
(!?!?)
今、この赤ら顔の男は、何と言ったのか?
楽市はがしゃたちの惨状を見て、既に激怒していたが、そこへ“羞恥”と言う名の激情がさらに加わった。
楽市は、改めて怒りで肩を震わせる。
(よくも、よくも、よくもーっ!)一番気にしている事をっ
楽市は肝心な所を口にしなかったが、心象では強い感情は駄々洩れだ。
霧乃たちが、パンツが何だと呆れる中、朱儀がおねだりする。
(らくーち、かわってー、おねがいっ)
(嫌だああっ! あの赤いのは、あたしがこの手で殺してやるっ!)
楽市は朱儀のお願いを断固拒否して、巨人楽市を駆り、赤ら顔の巨人へ襲い掛かった。
(このおおおおおおっ!)
勢いは凄まじいが、肝心の巨躯がついてこない。
巨人楽市はヨタヨタと走り、大きく振りかぶって拳を繰り出す。
(ぶっ飛べええええええええっ!)
パシンッ
(あれ?)
楽市の渾身の右フックは、相手に難なく手で掴まれてしまった。
赤い巨人は掴んだ拳と巨人楽市を、交互に見つめて首をかしげる。
明らかに男の顔が困惑していた。
しかしそれも一瞬。
赤い巨人は右のアッパーを、巨人楽市の顎へ思い切り叩き込む。
「舐めてんのか、てめえっ!」
拳は顎へまともに入り、黒い巨体が綺麗にのけ反り吹き飛んだ。
楽市が、巨人楽市の中で顎を押さえて悶絶する。
(ア……アゴッ……アゴゴーッ!)
(あごごーじゃないっ! 何やってんの、らくーちっ!)
(あーぎと、早くかわれっ! ひっこめ、らくーちっ!)
(だ……だってっ!)
(だってじゃないっ!)
(いーから、むりすんなっ!)
(くううううっ)
霧乃と夕凪にドヤしつけられ、楽市が涙目で朱儀と交代する。
(朱儀っ……あたしの代わりに、アイツをお願いっ)
(まーかーせーてーっ!)
朱儀は交代してもらい、瞳をキラキラと輝かせると、巨人楽市を素早く立たせて後方へ飛び退った。
その場で手早く、各関節の稼働チェックを済ませる。
(じゃあ、いーくーっ!)
(いけっ、あーぎーっ!)
(らくーちに、パンツなんて、いるかっ、ばかめっ!)
(あーぎーっ!)
(あーぎさん、グーで殺っちゃいましょうっ!)
(夕凪っ、あたしはちゃんと履いてるからっ!)
皆の声援を受けて、朱儀が一歩前へ踏み出したその時。
朱儀の前に、赤いがしゃ髑髏が空から舞い降りてきた。
ドシャアアアアッ
勢い良く着地したがしゃ髑髏は、こちらに背を向けている。
朱儀はその背を見て、声を弾ませた。
(あーっ、カニポイだーっ!)
カニポイと呼ばれた巨大スケルトンは、大きな頭を真後ろまで回して、こちらを見る。
筋繊維の制約がないため、がしゃの稼働範囲は驚くほど広いのだ。
カニポイがしゃは、チラリとこちらを見ただけで、直ぐに前へ向き直った。
朱儀はその背中をジッと見つめて、嬉しそうに笑う。
(そっかー。それ、カニポイのかー)
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