353 全軍、恐炎の魂を詠唱せよっ! これより近接戦闘に入るっ!
獣人たちの使うドルイド魔法は、彼らが森の民なだけあって、獣を使役するものがある。
魅惑などの魔法をかけて、手懐けるのだ。
その際に魔法の効果を上げる、補助魔法を使うことが多かった。
それが、ドルイド舞踊である。
ドルイドダンスには、
チャーム、鎮静、高揚などの精神系の他に、素早さや、力強さを底上げするものもあった。
主軸魔法の魔力消費が抑えられて、便利な代物である。
しかし極端に能力が上がるわけではなく、せいぜいが三割増していど。
ただこれは、一般の獣人が使う話でのこと。
このドルイドダンスを、北の森の化物が使うと、全くもって別物となった。
森のダンスを、森を破壊する巨大アンデッドが踊るのだ。
使う魔力量も性質も、根底から違っていた。
日常生活で使う慎ましやかな魔法の常識が、がしゃ髑髏のスペックで捻じ曲げられていく。
がしゃ髑髏たちは、自身から溢れる大量の瘴気を魔力とし、燃費など考えずにドルイドダンスを行う。
するとドップリと瘴気漬けとなったドルイドダンスは、その効果の上限がぶっ壊れてしまった。
効果が三割増しどころか、踊れば踊るほど効果が上がるのだ。
頭でっかちが仲間たちに、素早さ上昇の魔法をかけ回ったあと、がしゃ同士が踊り合い、互いの効果を高め合う。
同様に力が上昇する魔法をかけた後、皆で踊れば、効果が上がり続けるのだ。
世の常識から考えれば、まったくデタラメもいい所である。
頭でっかちは、そんなデタラメな魔法を使い続けた。
彼女は吹き飛ばした“命”をみて、満足気にうなずく。
「うまいー」
頭でっかちが仲間を集めて訓練するさい、体術を教えるのは初めから諦めていた。
技を一から教えるなど、時間がかかり過ぎるからだ。
そこで思い付いたのが、ダンスである。
頭でっかちは、それが良いと思った。
この知識がどこから湧いてくるのか分からないが、そんなことは気にしない。
とにかくスピードとパワーを上げる。
それを目指して仲間たちへ、徹底的にダンスを教えたのだ。
初めはろくにステップも踏めず、暴れているようにしか見えないアンデッドたち。
しかし不眠不休のアンデッドが踊り続けた結果、見事にダンスを習得したのだった。
「うまい、うまいー」
頭でっかちは敵に当たったことが嬉しくて、当てた仲間に抱きつき褒めちぎる。
するとそこへ、赤い珠がまとめて落っこちてきた。
ポーン、ポーン、ポポポポーンッ
「あ」
逃げ遅れた頭でっかちが、爆炎で吹き飛ばされながら叫ぶ。
「あっちも、うまいーっ」
*
二十一体いた赤い大兜部隊が、六体になってしまった。
ロッソは黙って、地上の赤いスケルトンを睨み続ける。
こめかみには血管が浮き上がり、奥歯をギリギリときしませていた。
無様にやられた怒りが、全身を駆け巡る。
しかしロッソは、なぜか笑っていた。
山吹色の目を見開いたまま、口の端が吊り上がっている。
しかしそれは笑顔というよりも、長年求めていた獲物を見つけた、狂獣の顔というべきかもしれない。
美しさと、凶悪さを兼ね備えた笑顔だ。
「やってくれたな……スケルトンっ」
ロッソは振り向かずに、ルージェとヴァーミリアへ指示を出す。
「ルージェ、ヴァーミリア、軍の指揮は任せる。
フーリエ様が見ているよ。撤退は許さないから……」
「何言っているの、ロッソっ!?」
「ロッソ姉さまは、どうするのさっ!?」
「……私はあの赤いのを、仕留める」
ロッソはそれだけを言い、騎乗するフレイムヘルムの高度を下げていった。
「ええっ、ちょっと待ってよロッソっ!?」
「ああーっ!? またロッソ姉さまの、悪い癖がでたっ!」
ルージェとヴァーミリアの叫びは、聞こえているだろうが、ロッソは止まらない。
ルージェはしかめっ面で頭をふると、声に魔力を込めて全軍へ檄を飛ばした。
「全軍、恐炎の魂を詠唱せよっ!
これより近接戦闘に入るっ!
ソウルの対瘴気効果は、20ミル(分)っ。
効果は、時間と共に減衰するぞっ。
各自こまめな、掛け直しを忘れるなっ!」




