表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第6章 血糊の沼と炎の海
341/683

341 乳房が二人の前で揺れていた。 男たちの時間がしばし奪われる。


イースは前方を見据えたまま、サンフィルドへ語りかける。


「ここまでね……」

「ああ……」


「北の森の力で作り変えられる、多くの獣人を見て来たでしょ?」

「そうだな……」


「これさ……このまま行ったら、どんどん増えるよね?」

「そうだろうな……」


「う~ん……」


イースは唸り、そこで語るのを止めた。

いつまで経っても話さないので、サンフィルドは痺れを切らす。


「おい、ちょっと待て!? 考えている事って、それだけか!?

そんなの、俺だって思ってたぞっ!?」


「うん……あたしも思ってた。

ねえイース、サンフィルド、ちょっといい?」


途中からリールーも会話に混じり、二人をちょっとと呼ぶ。

イースとサンフィルドは、それだけで分かったようで椅子から立ちあがり、リールーへ近づいた。


リールーが雫を滴らせて立ち上がり、脇へ退くと、男二人でタライを持ち上げ、汚れた水を外へ捨てにいった。


戻ってくると、二人は空になったタライをリールーの傍に置く。

彼女は再び、タライの中で体育座りとなった。


サンフィルドが白い珠を胸ポケットから取り出し、リールーの真上へ掲げる。

輝く瞳で念を込めると、サンフィルドの手から水が溢れ出し、リールーのお団子頭へ降り注いだ。


タライを水で一杯にしたら、珠を胸ポケットへしまい込む。


リールーがお団子をほどくと、血で汚れた銀髪がすべらかな背中へ広がった。

彼女は銀髪を手ですいて胸元へ垂らし、前かがみとなる。


「イース、お願い」


イースは頷くと泡立てた手で、リールーの背中を優しく撫で始めた。

指を肩甲骨や背骨にそってはわせ、こびり付いた血糊を洗い落としていく。


イースは蜂蜜色の肌を見つめながら、話を続けた。


「話は、まだ終わってないんだ。さっきの話を、踏まえてなんだけど……」

「なんだ?」

「なに?」


「フィア・フレイムドラゴンの巣で、シルミスが言ってたでしょ?」

「何だっけ?」

「話して」


「ほら。あの魔女は、北の森の“守護人格”だってさ」

「ああ……」

「続けて」


「魔女は自分で違うって言っていたけど、僕はシルミスの見立ては、大体合っていると思うんだよ。


魔女は北の森の意思を、強く受けていると思う。

そこでなんだけど、あの“マメフク”と言う魔女の眷族だよ」


「あの、黄緑色のガキか?」


「そうそう。あの子供は、ヤクトハルスの守護人格だって言うじゃないか。

つまり現状、森の頂点ヤクトハルスを、北の森が従えていることになる。


そしてヤクトハルスは、その下で北の森を広げまくっている……今もね。

……あ、リールー。

背中の血は洗い終わったよ」


「イース、ありがとう」


リールーは前かがみのまま、泡立てた手で銀髪を洗い始めた。


「イース、サンフィルド、傍にいてね。話が聞こえ辛いから」

「んっ」

「おうっ」


イースとサンフィルドは、その場へ座り込む。

リールーが手を動かし、髪を洗うものだから、前かがみの乳房が二人の前で揺れていた。


男たちの時間が、しばし奪われる。


「…………」

「…………」


何もかもが忘却した世界の中心で、男たちはリールーが形づくる曲線の神秘を――

おっとサンフィルドの意識が、先に戻ってきたようだ。


「……でイース。ヤクトハルスが何だよ?」

「あっうん……そこなんだよー」

「どこだよ」

「ねえ二人とも、“ヤクトハルスの伝承”は知ってるかい?」


「知らねえ」

「話して」


「何十億年も昔の話だよ。

神話の時代よりも前になる。

その時代、この世界の木々は紫色だったそうなんだ。

吸っている空気も、全く違うものだったみたい」


「紫? 空気?」

「続けて」


「でね。その世界にある日、ヤクトハルスの巨樹が、別世界から転生してきたと言うんだ。

ヤクトハルスはこっちの世界で根を張って、水を吸い上げ、呼吸を始めたんだよ。


そしてヤクトハルスの吐く息は、この世界にとって猛毒だったらしい。

毒の息は少しずつ広まっていき、ヤクトハルスの根本からは、眷族である緑の草木が広がっていったそうだよ。


それを十数億年続けて、ヤクトハルスはこの世界を、紫色から緑色の木々に作り変えてしまったんだ。

それまでいた生物たちは全て死滅して、ヤクトハルスから湧いた生物が世界を覆いつくした。


その生物っていうのが、つまり今この世界にいる、生物の事なんだけれど……」


「ちょっと待ってくれよっ。

神話より昔の話が、何で残ってんだよ!?

神より前にダークエルフも何も、いやしねえだろっ!?」


「そうなんだよねえ。

一応ヤクトハルス自身が、語ったことになっているんだけど……


余りにも突飛でマユツバな話だから、帝都図書館のスミで、埃まみれになっているような伝承なんだ。


僕はそんな珍品、奇品の話が好きだから、集めているんだけど……」


「何だよ、やっぱマユツバかよっ」

「イース……そういうの好きだものね」


「うん大好きなんだ。

でね、僕はその伝承が、どうしても頭によぎるんだよ。


なぜかと言うと、今目の前で乳……いや北の魔女がヤクトハルスを従えて、北の森を広げているからなんだ。


かつて世界を作り変えたという巨樹と組んで、今また北の森が、世界を作り変えようとしているんじゃないかと思ってしまうんだ。


猛毒である瘴気を当たり前のように吸う、新しい種族が、この世界を覆おうんじゃないかって……」


「なっ、まじかっ!?」

「…………」


興奮して一気に話し終えたイースを、リールーが輝く瞳で、静かに見つめていた。

前髪から雫が落ちる。


リールーは、瞬きせずに問う。


「でイース……あなたはそれを踏まえて、どうするつもりなの?」

「どうするって……う~ん……」


イースは暫く目を瞑る。

いつも話を急かすリールーが、イースの言葉をじっと待っていた。


イースは目を開け、真剣な顔をする。


「今まで通り、見続けるしかないよ。

悔しいけれど、僕には止める手立てが分からない。

だからせめて、この先なにが起ころうとも僕は見続ける。

それが、僕の任務だからね」


強く見つめ返してくるイースに、リールーは微笑み、サンフィルドは肩をすくめた。


「じゃあ……いつも通りね。あたしはあなたに付いて行くだけ……」

「いつも通りかよ、変わんねー」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ