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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第6章 血糊の沼と炎の海
332/683

332 赤ダルマ、再び血糊の沼へ横たわる。


髪をお団子にした楽市が、血糊で赤ダルマのようになって座り込む。


チヒロラは、流石に寝るのって気持ち悪くないのかなと思い、口をあんぐりと開けてしまった。


「チヒロラ、お願いできるかな? 霧乃たちを迎えに行ってくれる?」

「は……はいっ、分かりましたーっ!」


欲しい言葉を、楽市からも貰ってしまったっ。

チヒロラは目の前の赤ダルマを脇に置いて、気持ちが霧乃たちの元へ舞い上がる。


「それじゃ行ってきますっ! タミエラ行きますよーっ」

「きゅきゅ~ん」


チヒロラの掛け声で、タミエラが頭を引っ込めてフードの中に隠れた。

それと同時にチヒロラが鬼火となり、火花を散らしながら垂直に上昇する。


一気に高度を上げると、空中で一度元の姿へ戻った。

自由落下の風の中、“銀髪の編み込み”を取り出し、両手でモミモミする。


霧乃たちの方向を確認し終えると、再び鬼火となり、時速五〇〇キロの(あか)い線を空に描きながら、北東の方角へぶっ飛んでいった。


楽市は、空を見上げて感心する。


「はあ……本当に、チヒロラって速いんだね。もう見えなくなっちゃったよ」


座ったままぼんやりと眺める楽市の背中を、キキュールは静かに見つめた。


「ラクイチ……マメフクも起きたのか?」

「んー、まだあたしの中で、寝ているよ」


楽市は、自分の胸に手をやる。


「そうか、ならラクイチも、もう少し寝ておけ。

どうせ死体が全て集まるまで、お前の出番は無いからな」

「大丈夫だいじょうぶー。良く寝たからさ」


楽市はキキュールに振り返らず、空を眺めたまま答えた。

そんな楽市の背を、キキュールは見つめ続ける。


「ラクイチ……山脈の向こうでの、お前の様子はパーナとヤークトから聞いたぞ。

その結果として、ガシャの回収を後回しにして、死体回収を始めたことも。


私は突然のことで腹を立てたが、その選択自体はとても感謝をしているんだ……」


「なになに……どうしたの? あたしを褒めるなんて?」


「ラクイチ、背中が丸まっているぞ。

元気なようでいて、気を抜くと最近ぼんやりとしている。

どうした?」


楽市の丸まった背筋が、のびていく。

顔は見えないが、少し笑ったようだ。


「なにそれ? 気を抜いたらぼんやりするの、当たり前じゃない? みんなそうでしょ?」


「ラクイチ、思考が揺らいでいるのか?」

「揺らぐ?」


「ラクイチ……最終的な絵図はあるんだ。

ならば後は、そこへ向かって進むだけだろう?


そこまでへ至る、途中の方法にまで善性やら道徳を求めたら、最後の絵図までたどり着けないぞ?」


キキュールの言う絵図とは、大陸の生者を北の森の魔力によって、全て作り変えることである。


「何度も言うがガシャの殺戮行動は、北の森が作り出す自然現象だ。

お前に、どうこうできる代物じゃない。


地道にガシャを回収するか、こうやってガシャの殺した死体をかき集めて、復活させて回るしかない」


「分かってるって」


「いや、分かっていないっ。

ラクイチ……いまさら生者のように、善人ぶって悩むことか?

そういった甘えは捨てろっ。


私は永く存在してきて、お前のようになる奴を腐るほど見てきた。

これしかないと分かっていても、いざ現場で厳しい目にあうと、尻込みしてグズグズする奴をな……


グズって立ち止まっても、何の役にも立たないぞ、ラクイチっ」


楽市が初めて振り返り、尻尾を膨らませて立ち上がった。

血糊を飛び散らせて、キキュールを睨み付ける。


「あたしは、立ち止まってないだろっ!」


「ふらふらするなと、言っているっ!

つまらない良心は捨てろ、邪魔なだけだっ。

今更、悪名から逃げようと思うなよ?」


「キキュール……あんたは根っからのアンデッドなんだね」


「当たり前だろうがっ。エルダーリッチをなめるなよ?

そしてお前もそうだ、ラクイチっ。


大陸中の生者を殺して、アンデッドとして復活させる。

お前はこの世界の生者にとって、どうしようもない悪なんだよっ。


どう転んだって悪なんだ。だったら胸を張ってろっ。

受け入れろ、認めろっ、自分が世界の邪悪だということをっ」


「ぐっ……」


「ふんっ、情けない顔をする……私がこう言っても、どうせお前はこれからもフラフラとするのだろうな。


だから私が、お前の悪名を支えてやる。お前の穴を、埋めていってやるっ。

ラクイチ、お前は前に言っていたよな? 

自分は“タタリガミ”になったんだと。


私がその、訳の分からんタタキリみたいな名を、ぶん殴ってでも支えてやるよっ。

このキキュールが、全力でお前を支えてやるっ。


エルダーリッチは執念深いんだ、覚悟しておけよっ」


「…………キキュール」


息がかかる程に近づいて凄むキキュールを、楽市もにらみ返すが、もうその瞳に激しい怒りは見られない。


楽市は、自分を全力で支えると言ってくれた相手から目をそらし、拗ねるように言う。


「支えてくれるんだ……。あ……あり、が……」


「ラクイチ勘違いするなよ?

私は獣人のために動いている。そのためにお前が必要なだけだ。

お前の悪名を、キッチリ利用してやる」


「なっ……このっ、その言い方キキュールっ」

「なんだ?」


「初めて会った頃のことを、思い出したよ。

なんだコイツって思うほど、嫌な奴だったってっ。

でも…………た……頼りになる(ボソッ)」


「そうだろう? 何せ私だからな」


「くっ……ふんっ、あたしもう寝るからっ」

「ああ、さっさと寝ていろ」


楽市はそっぽを向き、再び血糊の沼へ横になった。ぬっちゃり

キキュールはその寝顔だか、赤ダルマだか分からない顔をしばらく見つめていたが、すいっと視線をはずす。


その時、眠る赤ダルマから声がかかった。


「ねえ、キキュール」

「なんだ?」


「タタキリって何?」

「生の赤身魚を厚切りにして、様々な薬味をのせて塩を振ったものだ。

大陸の沿岸部では、名物となっている」


「あっそ、ふんっ!」

「なんだこのっ!」






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