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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第6章 血糊の沼と炎の海
329/683

329 もうドキドキして、夜しか眠れないですーっ。


天から降る雨もまばらとなり、今は霧雨となっていた。


もやのように煙る霧雨へ穴を穿ちながら、狐火と鬼火が北を目指して突き進む。


憎き輩の顔は覚えたので、後はまっすぐ帰るだけ。

簡単なお仕事である……とは行かなかった。


火花を飛び散らせながら、霧乃、夕凪、朱儀が口々に叫ぶ。


「なんでーっ、ここ、どこだーっ!?」

「わかんないっ、とにかく北だっ! きたに、まっすぐだっ!」

「べいふー、わかんなく、なっちゃったっ!」


行きは良いよい、帰りはどっちだ?

取り憑いていた偵察部隊が、転移で帰還したものだから、霧乃たちはここがどこだか、サッパリ分からなかった。


分からないけれど、とにかく北を目指す。

それは多分間違っていないと、幼女たちは思った。多分



    *



「すー、すー、すー、すー」


愛らしいチヒロラが、ぐっすりと眠っている。

仰向けとなり分厚い木製テーブルの上で、可愛い寝息を立てていた。


ここはベイルフ、ツシェル城内にある、ダークエルフ兵舎の食堂である。

現在兵舎にダークエルフはおらず、チヒロラのお家となっていた。


建物にはちゃんと寝室があるのだが、手狭で不便なため、兵舎の食堂を部屋として使っているのだ。


食堂に八つある長テーブルは、食事、ベッド、木箱に楽市グッズを詰める作業台、などに使えて何かと重宝した。


チヒロラの傍らには、フィア・フレイムドラゴンの赤子“タミエラ”が、丸くなり眠っている。


タミエラは身じろぎすると、目を閉じたまま、顔の前にあるチヒロラの手を舐めはじめた。


おやつの(あか)い炎を、貰っている夢でも見ているのだろう。

しばらく舐めていたが、パチリと目を覚ます。


目の前のチヒロラの手に気づくと、小さなあくびをした。

ちょこんと座って、チヒロラを見る。


だいたいいつも、タミエラが先に起きるのだ。

きゅるる~と呼ぶが、チヒロラはピクリともしなかった。


タミエラは起きたので構って欲しいのだけれど、チヒロラが起きないのはいつもの事だった。


朱儀にも言えることだが、鬼の子はなかなか起きないらしい。

なのでタミエラは、一人遊びを始めた。


「きゅる~ん」


鼻先で、自分よりも大きなチヒロラを押し始める。

グイグイ押す。


するとチヒロラが押されて、一メートルちょい下の床石に落っこちる。ごちんっ


「きゅる~?」


タミエラが下を覗くと、チヒロラはまだ寝ていた。


「きゅきゅ~んっ♪」


タミエラは、楽しそうな声を上げる。

そう来なくては、まだまだ起きてもらっては困る。


その後もタミエラは、チヒロラを鼻先でグイグイ押し続けた。


食堂から外へ出て、いつも座るベンチの脇を通り、放置された菜園の前を通りすぎる。


城内の石畳の上を、どこまでも押していく。

夢中になって押し続けていると、そのうちチヒロラが起きた。


「ふあ……ふ……あれ? おはようございますー」

「きゅっきゅっ~」


チヒロラは目をこすりながら座り込むと、辺りを見た。


左手に兵士たちが出入りする、通用門が見える。

チヒロラの住む兵舎からは、少し離れた所にある門だ。


「タミエラすごいですっ。今日はすっごく押したんですねっ」

「きゅる~♪」


チヒロラはタミエラを膝に乗せて、人差し指に朱い炎を灯した。

タミエラが、嬉しそうに一鳴きして舐め始める。


「えらい子ですー」


一体何が偉いのか良く分からないが、チヒロラはここまで頑張ったタミエラを、褒めてやりたいのだ。


炎をやり終えると、すくりと立ち背伸びをする。


チヒロラはドラゴンの赤子を抱きあげると、自分の背中で垂れるフードへ押し込んでいった。


「タミエラ、それじゃ行きますよー」

「きゅきゅ~いっ」


フードの中から、タミエラの返事が聞こえる。


チヒロラはぴょんと飛んで、素早く鬼火へ転じると垂直に上昇していった。

そこから直角に曲がって、南の城壁塔へ飛んだ。


真夜中に出店で盛り上がる北の塔とは、正反対の位置である。

チヒロラはゆっくりと進む。

全力で飛ぶと、すぐに通り過ぎてしまうのだ。


南の城壁塔へ近づくにつれて、辺りに朝もやのようなものが目立ち始めた。

チヒロラは気にせず進み、城壁塔のてっぺんへ元の姿になって降り立つ。


降り立ったと同時に、フードからタミエラが顔を覗かせる。

その口元には、何やら白いものが(くわ)えられていた。


「タミエラ、ありがとですっ」


チヒロラはそれを受け取ると、両手で包んでゆっくりと揉み始める。


「今日のきりさんたちは、どうでしょうかーっ?」


チヒロラが嬉しそうにモミモミするソレは、楽市たち五人の髪の毛を、切って編んだ“髪の束”だった。


白銀の中に一房、黄緑が混じっているのは、豆福の髪の毛だろう。


これは楽市たちが、以前ベイルフを去るときに、別れを寂しがるチヒロラへ残した髪の毛だ。


髪の毛は充分な呪物となり、シノが手を加えてマジックアイテムにしてくれた。


この髪の毛をもっていると、楽市たちがどの方角にいるのか、分かるようになる。

チヒロラの持つ迷子防止用の“指の骨”と、同様の効果を付加されているのだ。


これがあればたとえ離れていても、その存在を感じることができるのである。


楽市たちがベイルフを去ってからは、しょっちゅう髪の毛を揉みながら、その方角を確かめたものだ。


チヒロラが“通い”を許されてからは、楽市たちの元へ通うために使っていた。

今はそれを、霧乃たちの方角を感じるために使うのだ。


「チヒロラも、やっぱり行きたかったですーっ!」ぴょん

「きゅる~?」


潜伏スキルが全くないチヒロラは、霧乃たちと一緒に行くことができない。

それは仕方ないとしても、やはり羨ましくて堪らなかったのだ。


最近めっきり暴力の魅力に目覚めたチヒロラは、きっと三人は凄いことをしているに違いないと考えていた。


「あーぎさんは、きっと凄いパンチを、出してるんですよタミエラっ! ふふふー」

「きゅい~?」


気になって気になって、妄想がふくれてしまう。

そうなるともうドキドキして、夜しか眠れないっ。


だから朝起きると一番に、霧乃たちの方角を確かめるようになっていた。


毎朝しらべて、昨日とちょっとでも方角が違うと、あふう……とため息をついて妄想し、ほっぺを赤く染めるのだ。


チヒロラがいつものように確認していると、おかしなことに気づいた。

昨日と方角が全然違っている。


昨日も方角が、かなり左寄りになっていると感じていたが、今日はそれどころではなかった。


完全に白銀の髪が、南(↑)から左に向きすぎて東(←)を指している。

というかちょっと東を超えて、北側(↙)に入っていた。


「あれ、あれ、あれー? 

これって何だか、迷子になってませんかーっ!?」

「きゅきゅ~?」


チヒロラ一人では判断しづらいので、お師さまに相談することにした。

髪の毛モミモミで、らくーちさんの方角も確認済みだ。


きっとそこに、お師さまもキキュールさんも一緒にいるだろう。

チヒロラはそう考えた。


「タミエラ、お師さまの所へ行きましょうっ」

「きゅる~ん」


チヒロラは城壁塔から、ぴょんと街の外へ飛び降りた。

鬼の足腰でらくらく着地すると、足下でペチャリと湿った音がする。


チヒロラは慣れて気にもしないが、そこには見渡す限りの“赤黒い血の沼”が広がっていた。


辺りには、吐き気をもよおす腐臭が漂っている。


チヒロラはこれも気にせず、白いもやが漂う赤黒い沼を、素足で歩いていった。


遠くでベイルフの有志たちが、虫よけの魔法を発動させ、辺りへ散布しているのが見える。


腕から白い煙を炊き出し、ゆっくりと赤黒い沼を横切っていく。

辺り一帯を包み込んでいる、白いもやの正体はこれなのだ。


血糊の沼には、至る所に腕や足、内臓の一部が落ちており、肉食獣や鳥たちが群がる影が見えた。

草食の獣たちも、粘度の高い血糊をぺちゃぺちゃと舐めている。


チヒロラはシノの影を見つけたらしく、元気良く腐臭の中を走っていった。


「おー師ーさーまーっ、お早うございまーすっ!」

「きゅい、きゅい~」






今日から第6章となります。

緊張しております。

皆さま、よろしくお願いいたしますーっ(・v・)

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