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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第5章 龍の神殿と針山の城
327/683

327 アイ、強欲の天秤をひっくり返す。


レッサーサイクロプスのアイ・エイチ・ジャマーンは、化粧台の椅子に座り、眠たげな一つ目で台に置かれた赤い珠を見つめている。


もう何度、ため息をついただろうか。

昼を随分と過ぎたが、あれからまだ同族へは連絡をしていない。


「何……どうしたらいいの?

なんかトンデモナイ物、貰ってるんだけど!?

何なのこれ!?」


アイはキリから手渡された珠を、一目見てただならぬ物と感じ、幾つかの探査魔法をかけていた。


属性探査(エクスリビュート)っ。

材質探査(ティリュトリウム)っ。

魔力量探査(マジックマウント)っ」


その結果分かったことは、この指先ほどしかない赤い珠が、とんでもないアイテムだということ。


まず属性は火属性だった。

次に材質を調べて、アイは大きな一つ目を瞬かせてしまう。


通常のマジックアイテムは、何かしらの依代を使い、そこへ魔力を封入して、効果を安定させるものである。


帝都では良く、鉱石や獣人の尻尾が使われていた。


しかしこの赤い珠は、混じり気無しの純粋な炎だけで作られていたのだ。

実際に触ってみると、ほどよい弾力があって、確かに鉱物などではなかった。


アイは珠の表面に刻まれた、文様にも見覚えがある。


これは、ドラゴンが好んで使う文様だ。

と言っても、一部の神域に近い龍種のみが使う代物である。


つまりこの珠は、神域クラスのドラゴンブレスのみで造られた宝玉なのだ。


そんな“エス”が三つ付きそうな超レアアイテムを、小さな子供が持っていたなど、とてもではないが信じられなかった。


最後に魔力量を調べたとき、アイは腰を抜かしてしまう。


探査の結果は視覚情報として入ってくるのだが、アイの視覚いっぱいに魔力量がオーラとして立ち昇った。


それはアイの部屋を越えて、通りを超えて、辺り一面に広がっていたのだ。


もしこの珠が、何らかの切っ掛けで割れた場合、街の数区画がチリも残さず消し飛ぶだろう。


それほどの膨大な魔力が、指の先ほどのサイズに圧縮され、アイの前に転がっていた。


赤い珠がこの状態で安定しているのが、アイにはとても信じられず、もう触るのも恐ろしい。


こんな超レアアイテムを、いとも簡単に他者へ譲渡できる者など、そうそう居るわけがない。


間違いなく、キリ、ウーナギ、アーギの三人は、報告書に記された北の魔女の眷族だ。


アイはそう確信する。

そう思うと、恐ろしさで身震いしてしまう。


「私……北の魔女の側近たちと、一夜を共にしたんだ……うそでしょ!?」


しかし身震いはするものの、アイにはそれ以上の恐怖が湧いてこなかった。

なぜなら側近三人が、とても凶悪な化物には見えず、可愛すぎたのだ。


「私を騙す、演技だったのかな? 

でもそんな必要ある!? 私なんかに?」


今思い返しても、実感が湧かない。

カンオケを喜び、自分にじゃれ付いて甘える三人が、凶悪な眷族だったとは――


アイは頭で眷族だったと理解しても、心が納得していなかった。


「やばいね……本当はすぐにでも、仲間へ連絡した方がいいんだけど……」


アイはそれをためらう。

“きょうだけ、考えないで、おねがいっ”、キリはそう言っていた。


一方的な頼み事だったが、夢の中で別れるとき、キリは確かにそう言っていたのだ。

そしてもしアイが動いたら、アイを殺さなければいけないとも言っていた。


「今日、何かやるつもりなんだ。

そして一日で仕上げて、即撤収か……」


自分の命のこともある。

一日ぐらいなら、黙っていても良いではないか?

アイはそう考える。


出会って触れ合ったのは、僅かな時間だった。

しかしそれでもアイは、しっかりとキリたちに情が移っているのだ。


そして、ただそれだけではない。


「私……すっごいコネ、作ったんじゃないのっ!?」


アイは、せわしなく一つ目を瞬かせた。

黒い瞳に散る金の星々が激しくきらめき、大きな瞳の中を飛び交っている。

何やら必死に、考え込んでいるようだ。


「ダークエルフと敵対する、北の魔女と特権的な交易……が……できる?

この私に、そんな事ができるの!? 

うわっヤバ過ぎだよねっ。


調子に乗って怒りを買って、即惨殺だって十分あり得るっ。

ダークエルフにバレても、すぐ惨殺っ。

綱渡りすぎるっ……でも」


うまくこの綱を渡れたら……


アイは湧き上がる強欲と、現実のリスクを天秤にかけては、天秤をひっくり返し思考が乱れに乱れた。

うつむいて頭をかきむしる。


「ああ、分かんないっ、どうしよーっ!?」

「あい、あそびかた、わかんないの?」


「ああ? うん、分かんないよこんなのっ……えっ!? 

えええええええええっ!?」


驚いて顔を上げれば、化粧台の三面鏡に霧乃たちが映っていた。

振り向いて、打ち上げられた魚のように、口をパクパクと動かす。


「い……いつの間にっ!?」


あっけに取られるアイを尻目に、霧乃がひょいと、台の上の赤い珠を摘まんだ。

霧乃は、楽しそうに手の平で転がす。

それを見て、アイの顔が真っ青になった。


「あっ、それはーっ」

「あい、これ、すごいんだぞ」


知ってるうううううっ! やばいって知ってるうううううっ!

アイは心が叫んでしまう。


「ああ……キリっ、それは危ないからね、そおっと――」

「これは、こうして、えいっ!」


霧乃はアイを無視して、珠を思い切り床へ叩き付けた。

その瞬間、アイが絶叫する。


「ぎゃああああああああああっ!!」







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