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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第5章 龍の神殿と針山の城
326/683

326 幼女たちは、上機嫌で流れていく。


喉の乾いたナーガナーガは、イナシルの脇に添えられた果実へ、その乱杭歯を突き立てる。


子供の頭ほどもある果実を、大きな顎で易々と嚙み砕いた。

その瞬間、どこからか幼子の声がする。


(またくるっ!)

(ばーかっ!)

(ばかーっ!)


「おげえええええええええっ!?」


ナーガナーガは突然苦しみだし、勢い良く吐き始めてしまう。

今まで食べていた肉を、黒妖石のテーブルへ全てぶちまけていった。


「ほげええええっ、ごぼぼぼぼぼぼっ」

「ナーガナーガっ、どうしたんですっ!?」


金のイナシルは蹄の音を立て、ナーガナーガへと近寄る。

背を丸めて吐き続ける黒い獣を、どうしたものかと見ていると、あるものに気付いた。


「これはっ!?」


金のイナシルは、先ほどナーガナーガが嚙み砕いた、果実のカケラを凝視する。

その果実は表面の瑞々しさとは裏腹に、内側が黒ずみグズグズになっていた。


金のイナシルが、鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。ぶひぶひ


「これは毒ですかっ!? いや有り得ないっ。

私たちは完全毒耐性を、取得しているのだからっ。

ナーガナーガ、一体どうしたのですっ、気をしっかりっ!」


ナーガナーガは胃の中身を全て吐き出したのか、自分の吐瀉物(としゃぶつ)に突っ伏し、荒い息を吐いていた。


「ほげえ……に……苦え……。

胃がひっくり返るほど、苦え……。

……死ぬかと思ったっ」


黒い獣が突っ伏す横で、金のイナシルと車輪付きの自動筆記が、果実のカケラを睨み付けている。


「モールスムーン、これ何だと思います?」


金のイナシルから“モールスムーン”と呼ばれた自動筆記は、クルクルと回った。


モールスムーンは、箱型ボディの上面に取り付けられている、金管アームを器用に動かし始める。


そのアームの先に付いている“替え芯”で、果実の黒ずみをつついてみた。


モールスムーンが、ボディの側面に付いている金属の唇を動かすと、替え芯の先についた黒ずみから、細い煙が立ち昇り始める。


金管アームを動かし、煙をくゆらせながら彼女は言う。


「コレ、ドク、チガウ。コレ、ノロイ」

「呪いなんですかっ!?」


「ケド、シラナイ。

モールスムーン、コレ、シラナイ、ノロイ」


「あなたが知らない、呪いなんですかっ!?」


「ナゼ、シラナイ? モールスムーン、ナゼ、シラナイ?

ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ!?」


自分がなぜ知らないのかと、モールスムーンは騒ぎ出す。

モールスムーンは自分の知らない事があると、気が済むまで質問を繰り返す癖があった。


彼女の“ナゼナゼ質問攻撃”が始まってしまい、金のイナシルが困惑していると、突っ伏していたナーガナーガが、情けない声を上げた。


「ふえええええ……」

「どうしたんです!? あっ!」


金のイナシルが振り向くと、ナーガナーガが口を開いてもがいていた。

見ると彼の黄色い乱杭歯が黒ずみ、ボロボロと抜け落ちているではないか。


「ふああ……おへの……牙があああ……」




ナーガナーガが、泣きそうな声を上げているその頃――


霧乃、夕凪、朱儀の三人は、

イナシルの盛り付けられた皿をすり抜け、

黒妖石のテーブルもすり抜け、

良く磨かれた床石もすり抜けて、とっくに階下へ移動していた。


火の玉となって、そのままどんどん階層をすり抜け、真下へと降りていく。


ここが城のどの辺りだか知らないが、真下へ降りていけば、あの広大なセントラルキッチンへ辿り着けるだろう。


霧乃たちは、そう当たりを付けていた。



二十四時間、稼働し続けるセントラルキッチンは、何時になっても大忙しである。

休みなく鍋を振っている調理師の足元から、ふっと何かが、彼の中へ入り込んだ。


カマドの炎と鍋しか見ていない調理師は、全く気づいていない。

その彼に、誰かが声をかけたようだ。


彼は(わずら)わし気に、答えてやる。


「はあっ!? ここの水が、どこへ流れて行くかだとおっ!?

そんなもん下水を通って、川へ流れるに決まってんじゃねえかっ。

何でそんなことを聞く――――あれ?」


調理師が振り返ると、そこには誰も居なかった。





    *





巨大な石垣の側面に、直径二メートルの穴が幾つも空いていた。

太い鉄格子がはめ込まれており、人が通り抜けられないようになっている。


その幾つも空いた穴から、絶えず城の汚水が垂れ流されており、十メートル下を流れる運河へ滝のように落ちていた。


そんなドブ色の濁り水と一緒に、小さな人魂が三つ滑り落ちていく。

運河の水面は、油の膜で縞模様ができており、ぶくりぶくりと泡立っていた。


目を閉じれば滝の流れ落ちる、豪快な音を楽しめるだろう。

ただし、匂いを気にしなければの話だが……


しばらくして運河の下流に、ぷかりと浮く霧乃たちの姿があった。

いまだ雨は止まず、水かさの増した運河の流れは早い。


その流れの中で、霧乃たちは腹を上にして平気で浮かび、川下へと流れていった。

霧乃が分厚い雨雲を、眺めながらため息をつく。


「すごく、くさかった。

あそこから、出るの、なんかまちがった……」


「すげー、くさかったぞっ、今もちょっと、くさいぞ。

この川、くせーっ」


「ふふふ……くさいね……あははっ」


なぜか、朱儀の機嫌がいい。

汚水の臭いでうんざりしている霧乃と夕凪は、首をかしげた。


「あーぎ、何が、おかしいの?」

「何が、おもしろい?」

「ふふ……だって、あーぎいま、う〇ちみたい、あははっ!」


「なんだそれ、あはははっ、なんだーっ!?」

「なんだ、うーなぎもか、あはははっ!」

「うん、きりも、うーなぎも、あーぎもっ、あははっ!」


「きりも、う〇ちかっ! ほんとだ―っ!」

「うーなぎも、う〇ちだ、うひゃーっ!」

「きりう〇ち、うーなう〇ち、うるさい、あははっ!」


幼女たちは、ヤケにテンションが上がり、

う〇ちう〇ちう〇ちと連呼して、流されていく――






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