326 幼女たちは、上機嫌で流れていく。
喉の乾いたナーガナーガは、イナシルの脇に添えられた果実へ、その乱杭歯を突き立てる。
子供の頭ほどもある果実を、大きな顎で易々と嚙み砕いた。
その瞬間、どこからか幼子の声がする。
(またくるっ!)
(ばーかっ!)
(ばかーっ!)
「おげえええええええええっ!?」
ナーガナーガは突然苦しみだし、勢い良く吐き始めてしまう。
今まで食べていた肉を、黒妖石のテーブルへ全てぶちまけていった。
「ほげええええっ、ごぼぼぼぼぼぼっ」
「ナーガナーガっ、どうしたんですっ!?」
金のイナシルは蹄の音を立て、ナーガナーガへと近寄る。
背を丸めて吐き続ける黒い獣を、どうしたものかと見ていると、あるものに気付いた。
「これはっ!?」
金のイナシルは、先ほどナーガナーガが嚙み砕いた、果実のカケラを凝視する。
その果実は表面の瑞々しさとは裏腹に、内側が黒ずみグズグズになっていた。
金のイナシルが、鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。ぶひぶひ
「これは毒ですかっ!? いや有り得ないっ。
私たちは完全毒耐性を、取得しているのだからっ。
ナーガナーガ、一体どうしたのですっ、気をしっかりっ!」
ナーガナーガは胃の中身を全て吐き出したのか、自分の吐瀉物に突っ伏し、荒い息を吐いていた。
「ほげえ……に……苦え……。
胃がひっくり返るほど、苦え……。
……死ぬかと思ったっ」
黒い獣が突っ伏す横で、金のイナシルと車輪付きの自動筆記が、果実のカケラを睨み付けている。
「モールスムーン、これ何だと思います?」
金のイナシルから“モールスムーン”と呼ばれた自動筆記は、クルクルと回った。
モールスムーンは、箱型ボディの上面に取り付けられている、金管アームを器用に動かし始める。
そのアームの先に付いている“替え芯”で、果実の黒ずみをつついてみた。
モールスムーンが、ボディの側面に付いている金属の唇を動かすと、替え芯の先についた黒ずみから、細い煙が立ち昇り始める。
金管アームを動かし、煙をくゆらせながら彼女は言う。
「コレ、ドク、チガウ。コレ、ノロイ」
「呪いなんですかっ!?」
「ケド、シラナイ。
モールスムーン、コレ、シラナイ、ノロイ」
「あなたが知らない、呪いなんですかっ!?」
「ナゼ、シラナイ? モールスムーン、ナゼ、シラナイ?
ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ!?」
自分がなぜ知らないのかと、モールスムーンは騒ぎ出す。
モールスムーンは自分の知らない事があると、気が済むまで質問を繰り返す癖があった。
彼女の“ナゼナゼ質問攻撃”が始まってしまい、金のイナシルが困惑していると、突っ伏していたナーガナーガが、情けない声を上げた。
「ふえええええ……」
「どうしたんです!? あっ!」
金のイナシルが振り向くと、ナーガナーガが口を開いてもがいていた。
見ると彼の黄色い乱杭歯が黒ずみ、ボロボロと抜け落ちているではないか。
「ふああ……おへの……牙があああ……」
ナーガナーガが、泣きそうな声を上げているその頃――
霧乃、夕凪、朱儀の三人は、
イナシルの盛り付けられた皿をすり抜け、
黒妖石のテーブルもすり抜け、
良く磨かれた床石もすり抜けて、とっくに階下へ移動していた。
火の玉となって、そのままどんどん階層をすり抜け、真下へと降りていく。
ここが城のどの辺りだか知らないが、真下へ降りていけば、あの広大なセントラルキッチンへ辿り着けるだろう。
霧乃たちは、そう当たりを付けていた。
二十四時間、稼働し続けるセントラルキッチンは、何時になっても大忙しである。
休みなく鍋を振っている調理師の足元から、ふっと何かが、彼の中へ入り込んだ。
カマドの炎と鍋しか見ていない調理師は、全く気づいていない。
その彼に、誰かが声をかけたようだ。
彼は煩わし気に、答えてやる。
「はあっ!? ここの水が、どこへ流れて行くかだとおっ!?
そんなもん下水を通って、川へ流れるに決まってんじゃねえかっ。
何でそんなことを聞く――――あれ?」
調理師が振り返ると、そこには誰も居なかった。
*
巨大な石垣の側面に、直径二メートルの穴が幾つも空いていた。
太い鉄格子がはめ込まれており、人が通り抜けられないようになっている。
その幾つも空いた穴から、絶えず城の汚水が垂れ流されており、十メートル下を流れる運河へ滝のように落ちていた。
そんなドブ色の濁り水と一緒に、小さな人魂が三つ滑り落ちていく。
運河の水面は、油の膜で縞模様ができており、ぶくりぶくりと泡立っていた。
目を閉じれば滝の流れ落ちる、豪快な音を楽しめるだろう。
ただし、匂いを気にしなければの話だが……
しばらくして運河の下流に、ぷかりと浮く霧乃たちの姿があった。
いまだ雨は止まず、水かさの増した運河の流れは早い。
その流れの中で、霧乃たちは腹を上にして平気で浮かび、川下へと流れていった。
霧乃が分厚い雨雲を、眺めながらため息をつく。
「すごく、くさかった。
あそこから、出るの、なんかまちがった……」
「すげー、くさかったぞっ、今もちょっと、くさいぞ。
この川、くせーっ」
「ふふふ……くさいね……あははっ」
なぜか、朱儀の機嫌がいい。
汚水の臭いでうんざりしている霧乃と夕凪は、首をかしげた。
「あーぎ、何が、おかしいの?」
「何が、おもしろい?」
「ふふ……だって、あーぎいま、う〇ちみたい、あははっ!」
「なんだそれ、あはははっ、なんだーっ!?」
「なんだ、うーなぎもか、あはははっ!」
「うん、きりも、うーなぎも、あーぎもっ、あははっ!」
「きりも、う〇ちかっ! ほんとだ―っ!」
「うーなぎも、う〇ちだ、うひゃーっ!」
「きりう〇ち、うーなう〇ち、うるさい、あははっ!」
幼女たちは、ヤケにテンションが上がり、
う〇ちう〇ちう〇ちと連呼して、流されていく――




