324 獣の顔を凝視する。
黒い獣が、金のイナシルへ向かって吠え続ける。
霧乃たちはそんな野獣の顔を、まじまじと見つめた。
(うーなぎ、あーぎ、顔、おぼえた?)
(まかせろ、おぼえたっ、はが、きいろっ!)
(あーぎも、ちゃんと、おぼえたよっ!)
三姉妹が汚い顔とか悪口を言っていると、いきなり黒妖石の長テーブルが縦に跳ねた。
同時に岩盤へ杭を打ち込むような、轟が聞こえる。
ガヅンッッ!
何事かと見れば、金のイナシルがテーブルを踏み砕き、前足を中心にして放射状のヒビ割れが走っていた。
テーブルに置かれていた自動筆記が、独りでに飛び降りて、部屋中を走りはじめる。
「ケンカダ、マツリダッ、ケンカダ、マツリダッ」
何だか言葉まで、喋っているではないか。
ただ一人、椅子に座っていた白いモヤが立ち上がり、「んー、喧嘩なら外でやれっ」と怒鳴りはじめた。
蹄の一踏みで、気をそがれた黒い獣のかわりに、金のイナシルが早口でまくし立てる。
「物事には得手不得手が、あるでしょうっ?
それをお互いに補い合って、初めてじっくりと腰をすえて、大きな出来事を成せるんですっ。
そんな中で君は、君だけの仕事をことさら強調して、周りを下卑し、己が一番だと威張るんですか!?
よくもまあ恥ずかし気もなく、そんなことができますねっ。
先ほど、報告があったでしょう?
ここから北へ五〇〇キリルメドル(㎞)の地点に、巨大なスケルトンが、一〇〇体近く集まる場が確認されたとっ。
そこでは赤いスケルトンを中心にして、何やら軍事的な訓練が行われていると。
その報を聞き、現在フーリエとライカが自身の領域へ戻り、眷族を引き連れてスケルトン討伐の準備を進めてくれています」
(ん? がしゃのこと、いった? 赤いっていった?)
(とーばつって、なんだ?)
(かにぽいのこと、いったの!?)
「てめえ、得手不得手だとっ?
それじゃ俺が、防御しかできないと言ってんのかっ」
「そうは言っていないでしょうっ。
ですが火力の面において、僕たちがあの二人に劣るのは、事実じゃないですかっ。
その間、僕たちが帝都を守るんですよ。
この様にそれぞれへ適した役目を選択し、きっちりこなしていく。
その中でどれが秀でているかなど、くだらない――」
「舐めてんのかっ。
お前それ、何千年前の基準で言ってるわけっ?
その気になれば、あんなスケルトン押しつぶして、砂地にしてやってもいいんだぜっ。
何体スケルトンが来ようが、関係ねえっ。
俺一人で、全部潰してやるっ!」
霧乃たちがこれを聞き、俄然腹を立て騒ぎ始めた。
二体の獣の言っていることは、よく分からない。
しかし黒い獣は最後に、スケルトンを全部潰すとハッキリ言っていた。
(こいつ、がしゃをぜんぶ、つぶすって、言ったかっ!?)
(言ったっ、いってたっ! はらたつーっ、やっちまおうっ!)
(あーぎもう、ころしちゃおっかなーっ!)
(くうう……それはだめっ。らくーちとの、やくそくっ。きりたちは、見てるだけっ)
(きいいっ、うーなぎは、怒ってるんだぞっ! なんだ、このやくそくーっ!)
(らくーちの、ばかーっ!)
いつの間にか楽市への悪口となっているが、これもがしゃ髑髏を思うからこそである。
友達を殺すと言われて、黙っていられる幼女たちではなかった。
だが楽市との約束は守りたい。
三姉妹は黒い獣の悪口と、楽市への悪口を交互に言いながら、どうにか怒りのガス抜きを行っていた。
一度帰って、また楽市と一緒にきたら、絶対ぶん殴るっ。
霧乃、夕凪、朱儀の三人は、そう自分に言い聞かせて、握りしめた拳を何とか下ろそうとする。
しかしその時、黒い獣の口から“北の魔女”を罵る言葉が溢れだす。
妖しの子供たちは目を剝き、獣の顔を凝視した――




