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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第5章 龍の神殿と針山の城
321/683

321 お仕事と、食い意地と、アイ。


広大なセントラルキッチンで働く多くの調理師が、調理台へ向かい、一生懸命に手を動かしている。


彼らの殺気、情熱、食材が炙られる熱気などが、水回りの湿度と共に、セントラルキッチンの高い天井で滞空して、うっすらと雲を形成していた。


俗に言う“キッチン雲”である。


調理師のかたわらには、様々な食材、調理器具、そして大型の調理魔法器具が設置されており、意外と死角が多い。


夕凪は狐火となり、死角と死角を渡り飛んで、目当ての調理師へ取り憑いた。

一拍おいて、朱儀が体内へ入ってくる。


(うーなぎっ。あーぎも、いっしょに、つれてってっ!)

(ごめん、ちょっと、こーふんしたっ)


二人で笑い合っていると、霧乃の狐火が、ふくれっ面な心象で入ってきた。


(もうっ、はやく顔みて、かえるって、いったの、うーなぎだろっ)

(へへへ、わかってるって。 だから早く、たべるぞっ!)

(はやく、たべるーっ!)


(ええ……)


霧乃の反応のにぶさに、夕凪がポカンとする。


(あれ? きり、食べたくない?)

(…………)


少し黙って、霧乃が吠えた。


(食べたいに、きまってるだろっ! はやくしろっ!)

(言うと、おもったっ!)

(やったーっ!)


夕凪たちが取り憑いた調理師は、ちょうど海老に似た甲殻類を、素揚げしている所だった。


彼はおもむろに手を止めて、カラリと揚がった海老モドキを、その場でパリパリ食べ始める。

三匹たいらげた所で、ふと我に返った。


「あれ? なんで今、俺は食べたんだ?」


(ひゃああっ、あまーいっ!)

(あまいっ、やべえっ!)

(かにぽい、みたいっ!)


夜食用の甘いプティングを作るため、卵とミルクへ大量に砂糖をぶち込んで、シャカシャカかき混ぜていた調理師がいる。


彼は何を思ったか、混ぜ終わった卵液をオタマでゴクゴク飲み始めた。

三杯飲み終わった所で、我に返る


「あれ? 俺なんで飲んでんの!?」


(なんだこれっ!? あまいっ!? もういっかいっ)

(すげー、あまいっ! 好きっ! おかわりっ)

(あーぎも、これすきーっ! おかわりー)


その後も調理場のあちこちで、調理師自身が出来立ての料理を、無意識に食べてしまう。


三口、三ケ、三本、三枚、三ちゅるちゅる。


彼らは皆、三回ほど食べた所で我に返り、自分のしたことが理解できず首をかしげていた。


俺……疲れてんのかなあ……


不思議に思っても、時間に追われた忙しさの中では、深く考える事もできず、そうやって呟くぐらいだ。

彼らは溜息をつき、再び仕事に戻っていく。



そんな中で、思うがままに取り憑いて、つまみ食いをした霧乃たちが、調理台の下にある戸の中で身を震わせていた。


満腹でホクホク顔のはずが、意気消沈している。

三つの火の玉が、しまってある鍋の上で、溶けた餅のようにへたっていた。


「うぐぐぐ……」

「う~ん……この」

「さみしく、なっちゃった……」


霧乃たちは自分たちへ起きた、とある変化に戸惑っていた。

いくら食べても、なぜか腹に溜まる幸福感がやってこないのだ。


取り憑いている間は感じても、相手から飛び出した瞬間、胃に溜まる感覚がすうーっと消えていってしまう。


霧乃たちは何度もそれを体験し、そしてあることに気づく。


それは取り憑いたとしても、食べたのはあくまでも、取り憑かれたダークエルフだということ。


霧乃たちはその味覚を、共有しているに過ぎないのだ。


当然そこから飛び出たら、霧乃たちの腹の中はカラッポなのだった。

食べた物は全て、ダークエルフの腹へ残る。


理屈が分かっても、食べる幸福から突き放された感じがして、三人は眩暈がするほどへこんでしまう。


実はこの感覚、ヒノモト時代の楽市も感じていたモノである。


こればかりは仕方がなく、そういうものだと諦めて、時間をかけて慣れるしかない。


しかし幼女たちは、仕方がないでは済まされなかった。


初めて味わう感覚に耐性がなく、腹をきゅうきゅう鳴らせて、渇望する。

直に己の牙をあて、食らいつきたいと――


けれど、いくら死角が多い厨房でも、姿を表して肉に食らいつくのはリスクがあり過ぎた。


見つかってしまっては、潜り込んだ意味がない。

それに早く敵の顔を見て覚え、さっさと帰りたいのだ。


もたもたしていると、アイが何か動くかもしれない。


その結果、“お仕事”が失敗したら、アイも“覚えた顔”として、楽市に伝えなくてはならないだろう。

霧乃たちは、それだけは避けたかった。


しかし、せめて一口っ。

三人で、同じ思いを募らせる。


そして願いが叶うならば、その一口はアレであって欲しい。

そう、初めに目を付けたイナシルだっ。


子供たちは、あれ以上の旨い肉を知らない。


妖しの幼子の中で、お仕事と、食い意地と、アイが、三天秤となって、シッチャカメッチャカ揺れまくる。


三つの火の玉が、鍋の上で真剣に話し始めた。




ちょうどその頃――

艶の無い黒い獣が、城の上層階で不満を募らせていた。


「なに? 俺のイナシルまだこないわけ? 

ここの奴らは、使えねえなあ……」


それを横で聞いていた、金色のイナシルが首をかしげる。


「あなたが昨晩、急に産地まで指定して、イナシルを要求したからでしょ?

時間がかかるのは、当たり前じゃないですか。

ここの者たちは、良くやっていると思いますよ」


それを聞く黒い獣が、鼻で笑った。









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