319 針山城、潜入。
雨はまだ止んでいない。
灰色の空から、シトシトと降り続けていた。
霧乃たちは、雨に濡れながら屋根瓦の上へ立ち、辺りを眺める。
街並みは屋根も、石壁も、漆喰も全てが灰色であり、そこへ重たげな雨雲が覆いかぶさり、見る者を陰鬱とさせた。
通りには、人がほとんど見えない。
雨のせいでもあるし、帝都北部を襲撃した巨大アンデッドのせいでもあるだろう。
しかし、そんな街でも人々の活気が感じられた。
獣耳をパタパタと動かせば、死んだような街のそこかしこから、生活音が聞こえてくる。
カチャ カチャ カチャ
トントン トントン
パタ パタ パタ
ベイルフのように、赤子の泣き声だって聞こえた。
霧乃の大好きなヒカリモノは無いけれど、興味深く聞き耳を立てていると、夕凪の咎める声が聞こえてくる。
「あーぎ、いいかげん、おきろっ、下におとすぞっ」
「あーまって、うーなぎ、おとさないでー」むにゅむにゅ
夕凪が背中の朱儀を強くゆすると、朱儀がようやく目を開き、夕凪の上で背伸びをした。
「ふあーっ」
大口を開けたら雨が入り込んできたので、舌をペロリとする。
朱儀は夕凪から降りると、目をこすりながら正面にそびえる壁を見た。
「うわ、おっきーねー」
朱儀の感嘆を受けるのは、帝都の中心に鎮座する針山“マージュ・ディタニオン城”だ。
霧乃たちの立つ屋根から、三ブロック離れているにもかかわらず、城を見上げなければならなかった。
その上部は雨雲へ突っ込んでおり、隠れて見えない。
超ド級の巨城を構成する、無数の針のような尖塔たちは、それら一つ一つも馬鹿みたいにデカかった。
尖塔一基だけで、一つの宮殿に匹敵するだろう。
更に、これでもかと外壁に飾り立てられた、彫刻の群れ、群れ、群れっ。
見ていて、息が詰まるほど密集している。
何だか遠くから眺めると、外壁がもじゃもじゃしていた。
マージュ・ディタニオン城も街と同様に、全て石造りの灰色であり、
陰鬱、
圧迫感、
もじゃもじゃして気持ち悪いと、三拍子そろっていた。
夕凪が腰を伸ばしながら、もじゃもじゃ城を見つめる。
「きり、あいのことが、あるからさ。はやく顔みて、かえるぞっ」
「うん」
うなずく霧乃に、朱儀が尋ねた。
「きり、まるくなって、かべ、ぬけちゃう?」
朱儀は火の玉となり、城を壁抜けするかと聞いていた。
多分、その方法が一番早いだろう。
しかし――
霧乃が朱儀に顔をよせて、城の上方を指差した。
「あーぎ、見てあれ」
「なに、みるの?」
夕凪も朱儀に顔をよせて、指を差す。
「あーぎ、よく見ろ。いるものがいない」
「えー、なぞなぞ?」
朱儀は城を眺めてしばらく考えると、急にピンと来たらしく目を丸くした。
「あっ、とりが、いないっ!?」
霧乃が良くできましたと言うように、朱儀の頭をなでる。
「そう、とりがいない。
きりが、とりだったら、ぜったい、高いとこにとまる。
でも、一ぴきもいない。なんかある」
「なんかって、なに?」
「う~ん……ぬるぬるの、ときのとか?」
「あーっ!」
言われて、朱儀は思い出した。
カルウィズのヌルヌル階段では、調子よく登っていたところで、急に空間が真後ろへ反転して落っこちたのだ。
朱儀は、霧乃を見る。
「また、くるって、するの?」
「わかんない。でも、そんな気がするぞっ。しない?」
「するーっ!」
「じゃあ、うーなぎ、あーぎ。わかんないけど、行ってみよっ」
「はいよ」
「はーい」
アイが言うには、獣人や鬼人がここら辺にいるのは変なので、三人は屋根伝いに隠れながら進む。
城へ近付くと、更に大きな違和感を感じた。
「見てっ、おしろ、ぜんぜん、ぬれてないっ!」
「ほんとだっ! 雨もくるって、するのかーっ!」
「あめも、くるって、するのっ!?」
隠された仕掛けに気付いたのは良いが、これでは壁のすり抜けが使えない。
では、どうすれば良いのか?
三人は大通りに面する屋根へ立ち、腕を組む。
通りには、サイクロプスやダークエルフが、まばらに行きかっていた。
その中央に、なにやら荷車の列がある。
ヒノモトの馬に似た、家畜が引く大型のものもあれば、人力の荷車もあった。
列がどこへ向かうのかと、その先を眺めれば、巨城の城門まで続いている。
霧乃たちには分からないが、それは朝一で城へ届けられる、献上品を運ぶ列だった。
内容は多岐にわたり、食材から生活に必要な品など全てである。
城門での検査が厳しいらしく、荷車の列はなかなか進まない。
しかし気長に待てば、確実に城へ入れるだろう。
霧乃たちはそれを見て、ニッコリする。
「あれ、いいかもっ、あれに、かくれよっ」
「いいなあれっ、いっぱいあるぞ、どれにする?」
「あーぎ、あれが、いいなーっ」
朱儀が元気よく指差す先には、屋根付きの荷車へ載せられた、“イナシル”たちが鳴いていた。
みな、丸々と太っている。
ヒノモトで言うところの、猪に似た獣だ。
荷車の柵の間から鼻を突き出し、雨水を飲もうと、舌をしきりに動かしていた。
霧乃たちは知っている。
あれは大変に肉質が良く、とっても甘いと――
「おにく……」
「おにくかーっ」
「おーにーくーっ!」
どうやら、潜り込む荷車が決まったようだ。




