312 一発ぐらいなら、多めに見てくれるかもしれない。
イカ型がしゃへ近付くにつれて、男たちは雄々しく叫ぶ。
皆の怒りが通りに溢れて渦をまき、熱気の大奔流となっていた。
男たちは拳を振り上げ、力強く前進する。
何者にも屈しない勇気。
巨大スケルトンが、何だと言うのだっ。
目頭を熱くするほどの高揚感が、男たちを陶酔させた。
俺たちはもう何も怖くない。誰もがそう思った。
そんな熱き連帯感に包まれた、無敵群衆の流れがなぜか滞り始める。
流れは滞っても、後ろから進もうとする勢いは止まらず、男たちがどんどん密になっていく。
一向に進まなくなった流れに、あちこちから不満の声が上がった。
また霧乃たちも、ダークエルフの肩の上で頬っぺたを膨らませる。
「なんだよもー、あるけ、このっ!」
「きり、もういいから、上からいくぞっ!」
「うえから、いくー」
霧乃たちはさっさと肩車を切り上げて、密になった男たちの頭を踏んづけながら先へ進んだ。
踏みつけられた男たちが、「俺を踏み台にっ!?」などと文句を言っているが、そんなものは無視である。
霧乃、夕凪、朱儀の三人は、絶妙のバランス感覚で男たちの頭上を走り抜けた。
進むにつれて、雄々しい叫びや不満の声とは別に、前方で悲鳴が聞こえ始める。
「なんだー?」
「泣いてるぞ?」
「ないてるー?」
霧乃たちが、イカがしゃのいる瓦礫の広場で見たもの。
それはどうしようもなくパニック状態になり、泣き叫ぶ男たちの姿だった。
大の男が金切り声で叫ぶ。
「近いっ、近いっ、近いーっ!」
「まて後ろから押すなっ。もうとっくに着いているだろうがっ!」
「俺じゃねえっ、俺じゃねえよっ、くそう、やめてくれえっ!」
前線の男たちはとっくに、広場まで着いているのだった。
必死に踏みとどまろうとするが、後ろからの圧でズルズルと前へ進んでしまう。
最前列の者たちはもう青い光で障壁を張る、ストーンゴーレムまで達している。
青い障壁を越えて巨大スケルトンに近付き過ぎると、吹き出る瘴気で殺されてしまうだろう。
踏ん張ろうとし瓦礫につまづいて転ぶ者は、容赦なく後方の者たちに踏みつけられて、二度と立つことができなかった。
前方の男たちは首を後ろへ捻じ曲げ、必死に押すなと叫ぶが、それを理解しない後方の流れは、前へまえへと流れを押し進めようとする。
「ひいいいいいいいっ!」
「やめっ、やめてえええええっ!」
「死んじゃう、死んじゃう、死んじゃうううっ!」
飛空魔法が使える者は、空へ飛んで難を逃れた。
しかし一般のダークエルフたちは、飛空魔法を使える者が少ないらしく、多くの者が他種族と共に取り残されてしまう。
飛び去る者へ向けて必死に手を伸ばし、自分だけ助かろうとする者へ呪詛を吐く。
「まって、置いて行かないで、俺も連れてってくれえっ!」
「ふざけるな、てめえっ!」
誰かが飛び去るダークエルフへ、火球魔法を飛ばした。
不意を疲れたダークエルフは、直撃を受けて火だるまとなり、男たちの真上へ落下していく。
それをきっかけに、下から幾つもの攻撃魔法が放たれた。
飛び去る者たちも応戦し、電撃魔法を闇雲に落とし続ける。
予期もしない、住民同士の戦闘が始まったのだ。
それでも、後ろから押し進めようとする圧力が止まることはなかった。
最前列の者は前方の巨大スケルトンに震え、頭上から降る雷撃に慄き、泣きながら攻撃魔法を叫ぶ。
多くの者が、巨大スケルトンへ達する前に死んでいく。
「ぎゃああああああああっ!」
「ぐぎゃああああああっ、ぐふうっ!」
「ひっく……ひっく、うひいいいいいいっ!」
「か、かはっ……」
阿鼻叫喚の地獄絵図だが、霧乃たちには訳が分からなかった。
少し離れた所にまで下がり、ダークエルフの頭上で首をかしげる。
「何やってんの、これ?」
「わかんない……あっこら、あーぎ、前にいくなっ!」
「うー、あーぎも、やりたい」コロコロしたい
子供たちは頭の上で立ち止まったので、三人とも下から足首を掴まれてしまう。
「何すんだ、このっ!」ガンッ
「さわんなっ!」ガガンッ
「えいっ」グシャッ
霧乃たちはパニック状態になる男たちを踏みつけ、頭の上を走りながら、これからどうするかを話し合った。
「いまの、戦いじゃないぞっ! たたいただけっ。でもあーぎ、ころした?」
「そう、うーなぎは、たたいただけっ。あーぎはー?」
「えー、ころして、ないよっ!」(たぶん)
楽市から絶対に戦うなと言われていたが、一発ぐらいなら大目に見てくれるはず。
霧乃たちは、お互いへへへと照れ笑いする。
「はやく、がしゃ、つかまえた奴、みつけよっ」
「どこ、いんだろ?」
「ねえねえ、あれはー?」
朱儀は走りながら、前方を指し示す。
それは遠くにあって霞んで見えるものの、どの建物よりも遥かに高くそびえていた。
触れたら切れそうなほど鋭い尖塔を持ち、辺りのもの全てを睥睨している。
霧乃たちはそれを、ベイルフで見て知っている。
それは一番強いものが、住むお家だ。
「う~ん、とおそう。でも、いってみるか」
「よし、いくぞ、あーぎっ」
「はーい」




