022楽市、沢にいく~ふふふ、だろー~
木々の隙間から木漏れ日が差し、夕凪の蹴り上げる沢の飛沫をキラキラと輝かせる。
その横で、先程まで敵であった二人の会話が弾んだ。
一通り聞いて、話がそれていく。
「はー、夏毛の処理って大変なんだね」
「えっ、ラクイチ様は抜け毛の処理、なされないんですか!?」
「あたしは別になー、だってあたしは……」
楽市が、次の言葉を発しようとしたとき、
「らくーち!」
「らくーち!」
楽市を、呼ぶ声が聞こえる。
興奮した、霧乃と夕凪の声だ。
「らくーち、みてみて、おきたー!」
「おきたっ、きた!」
「きたか!」
見ると寝かせていた鬼の少女が、うっすらと目を開いている。
その両脇で覗き込む霧乃と夕凪の尻尾が、ワッサワッサ振られている。
「おきたっ、おきた!」
「おーい!」
意識がハッキリとしてきたのか、目の焦点が合い始め、霧乃と夕凪を見て飛び起きた。
さっと飛びのき、唸り声を上げる。
鬼の少女の意識は、まだ戦いの最中なのだ。
沢に浸る獣人兵を見て、更に唸る。
「あー待ってっ、もう大丈夫だから!」
楽市が慌てて、鬼の少女の正面に立った。
「大丈夫だからっ、心配ないって」
楽市の声に耳を貸さず、鬼の少女は威嚇を止めない。
「なーに? だいじょーぶ?」
「なにやってんの?」
霧乃が心配し、夕凪が呆れたような顔をする。
場の緊張に無頓着なまま、二人は前に出た。
「あっ、霧乃っ夕凪っ、ちょっと待っ……」
楽市は慌てて二人を戻そうとするが、鬼の少女の変化に気付く。
前に出た霧乃と夕凪に、一瞬警戒した鬼の少女がキョトンとした。
先ほどは突然で驚いたが、鬼の少女は霧乃と夕凪に、何か通じるものを感じたようだ。
とっくに通じていると思っている霧乃と夕凪は、何の警戒もせずに近付いていく。
鬼の少女は困惑しながらも、息が掛かるほど近付いた二人を拒まなかった。
むしろ、すんすんと二人の匂いを嗅ぎ始める。
霧乃と夕凪も面白がって、鬼の少女の匂いを嗅ぎ始めた。
お互いが心ゆくまで嗅ぎ合ったあと、夕凪が笑顔で話しかける。
「ふふふ、だろー」
霧乃が、鬼の少女に抱きついて頬擦りをする。
「これなー、くすぐったいなー」
そこでやっと鬼の少女は警戒を解き、ぺたりと座り込んだ。
楽市はそれを見て、ほっと胸をなで降ろし三人へ近寄る。
すると鬼の少女が、牙をむき唸り始めた。
「ぐうううううーっ!」
「えっ、あたしは駄目なの!?」
悲しむ楽市を見て霧乃が楽市に抱きつき、こいつも敵じゃないと鬼の少女に伝えようとする。
それを見た鬼の少女が、楽市にそろそろと近付いてきた。
「おっ」
楽市が喜んだのも束の間、鬼の少女は霧乃の手を引き、そのまま後ろへ下がってしまう。
元の位置へ戻ると、霧乃をギュッと抱き締めた。
「えー、もう自分のものにしちゃってるよ……」
楽市はそれを見て呆れたが、取りあえず元気なようで良しとする。
すると問題は……
楽市は、ナランシアへ振り返る。
「さて、話は十分に聞かせてもらった。
ナランシア、ここで暫く休んだら、沢伝いに森から出て行って。
ここは、あんたたちが長く居られるような所じゃない」
話を区切り、獣人兵たちの顔を見ていく。
皆、疲れた顔をして酷いものだ。
「あんたたちは沢を下り、出来るだけ川の傍を歩いて行って。
気分が悪くなったら、今のように流水へ浸かり、じっとして何も考えないように。
もうあのポーションは使わないで。
あんたたちの体力なら十分に帰れるから」
ナランシアが、戸惑うように尋ねる。
「帰して、下さるのですか?」
「ここに居ちゃ駄目。元へ帰るなり、他へ行くなり好きにすればいい」
楽市のハッキリとした言葉に、なぜかナランシアが困ったような顔をする。
心なしか、すがるような目だ。
少し前まで敵だった相手に、向ける目じゃない。
犬のような従順さは悪くないと、楽市は思う。
ただ無節操に尻尾を振る姿は、好きになれなかった。
楽市はワザと不快な顔を作り、獣人兵たちを睨み付ける。
「あたしは、あんたたちのしたことを、忘れた訳じゃないからねっ」
本気で威嚇するつもりは無いが、ナランシアたちが震えだした。
楽市を恐れての事としては、少しおかしい。
ひょっとして楽市の身から、何か出たのだろうか?
楽市はそっぽを向き、空気を散らすように袖を大きく振る。
念のため、足を沢に突っ込む。
出ているのであれば、流した方が良い。
呪いは、清らかな水で流す。
これを禊と言う。
大昔から行われる、一番手っ取り早い方法である。
ナランシアがじっと見ているので、楽市は咳払いしたあと、出来るだけ優しい声をかけた。
「と……とにかく帰りなさい。ここに居ると、あんたたち死んじゃうから」
なぜかナランシアが再び震え出したので、楽市は困惑した。
「なんで!?」
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