198 三幼女のあーだこーだ。
楽市たちが薄霧の中、コケの野原を行く。
目の前には、巨人楽市が黒壁まで作った滑り跡が、獣道のように続いていた。
そこを歩く。 ぬちゃり、ぬちゃり
細道からは、爽やかな青臭さが立ち昇る。
巨人楽市の後ろには、巨大スケルトンが付き従い、その上空にはホバリングしたドラゴンたちが追従していた。
そのドラゴンから守るように、楽市の頭上には、幽鬼と魚がしゃが旋回する。
魚がしゃは隙あらばドラゴンを襲おうと、尾ビレをひらめかせるが、巨人楽市が定期的に振り向いて、皆を見つめてくるので大人しくしていた。
昨日楽市からガッツリ怒られているので、今日一日ぐらいは持つだろう。
辺りの霧が薄くなって、様々なものが見えるようになっている。
まず細道の脇に、ちょっとした幅広の“霧の川”が流れていた。
(んん? これ霧なのっ!?)
そしてコケの野原には、大量の建築物の残骸。
(あれ? これってドラゴンたちが、林で抱えてたヤツじゃない?
すると飛んできたアレって、ここから!?)
上を見れば、左側にそびえる岩肌から、何やら突き出た大きな構造物。
少し距離があるので、霧にぼやけてよく見えない。
(んー、し……ろ? 城跡なのかな? あんなとこに? う~ん)
楽市は、立ち止まってもう少し観察したい。
しかし巨人楽市を任せた朱儀は、それらをチラ見しただけで、気にも留めず先へと進む。
巨人を操りながら、霧乃たちとヌルヌル階段の攻略を、熱心に話し合っていた。
子供たちからしてみれば、ヌルヌル階段で早く遊び……
いや北の森の意地を、見せ付けなければいけないのだ。
楽市は気になりながらも、前を向く。
(う~ん……)
そうこうするうちに、再び石段の前へとたどり着いた。
角が摩耗して、丸みを帯びた石段が遥か上まで続き、霧の中に消えている。
その表面には、ぬらぬらとした黄緑色の粘液が光っていた。
(あーぎ、ここはいいけど、きゅうになったら、手つかってこ)
(うんっ)
(ゆっくりで、いいぞっ)
(うんっ)
(ふあー、あーぎーっ!)
(まめ、あーぎに、まかせてっ!)おねいさんだからっ
朱儀は豆福に笑顔を見せた後、慎重に一段目へと足を降ろす。
がしゃたちと、ドラゴンがその後に続いた。
ぶろろろろろろろろろろろろろろっ!
三十分後、盛大にお尻で滑り落ちる、巨人楽市の姿があった。
遥か後方でもたもたする、がしゃたちに勢い良くぶち当たり、仲良く一緒になって滑り降りていった。
それを慌てて、幽鬼と魚がしゃが追いかけていく。
ぶろろろろろろろろろろろろろろっ
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴーンッ
(やっぱり、うしろみると、あれだね)
(こーなー、ねじっちゃうと、なー)
(うーっ)
霧乃、夕凪、朱儀の三人が、滑り落ちながら作戦会議を始めた。
やはり登りながら定期的に後ろを見て、ドラゴンたちについて来いとアピールするのは、バランスを崩しやすく難易度がかなりあがってしまう。
(ぶろろろろろーっ)
(わー、豆福っ、足を広げるのは止めてーっ!)
林をメチャクチャにされた豆福が、ご機嫌ナナメなので、気を逸らすために落ちている間の巨人楽市を任せていた。
当然、朱儀のようにうまく操れないが、豆福は気にせず楽しそうである。
それに付き添う楽市は、あまり楽しそうではない。
(いやーっ、やめて豆福っ!)
(なーんーでーっ、ぶろろろっ)
楽市と豆福が騒ぐ横で、三人娘が案を出し合う。
(はじめから、くびだけ、うしろに、しちゃう?)
(きり、それだっ!)
(あー、それーっ!)
そして巨人楽市が、がしゃたちと一塊で黒壁の瓦礫にぶち当立って、リスタートとなる。
ヌルヌル階段の攻略はかなり難しく、これより霧乃たちは、何度もリスタートを繰り返すことになった。
それでもめげないっ。
これには、北の森の尊厳がかかっているのだっ!
というか、凄く面白かった。
あーだこーだ試してみて、それがうまく行くのが楽しい。
前よりも進めて、まだコケが潰れていない石段に手をつき、そこから先へ進むのが楽しかった。
なんだかそれが、とっても面白いのだ。
こうして階段登りのノウハウ、スキルが溜まっていき、三人娘のアイデアを補完していく。
七度目の挑戦っ。
かなり角度の付いた石段を、指先と足先に全神経を集中させて、ロッククライミングのように、這い進んでいく。
左手の中指が、石段の僅かな窪みにかかった。
そこを起点にゆっくりと体重移動させたとき、右足の親指がぬめりで滑ってしまう。
(あっ)
(むっ)
(うわっ)
巨人楽市は崖から落下するように石段を滑り、途中のがしゃたちを跳ね飛ばす。
そのままの勢いで、ぐんぐんスピードを上げて落ちていった。
今回はかなり、先に進めていたのだ。
それなのに、また一からやり直しである。
さぞかし皆、落胆しているかと思えばまるで違っていた。
巨人楽市の中から、笑い声が聞こえる。
(これいけるっ、つぎ、いけるよっ! あはははっ!)
(あー、いまの、よかったなあっ! ふひひっ!)
(あーぎ、わかっちゃったっ! なんか、わかっちゃったっ!)
(まーかーせーてーっ、ぶろろろろろろろっ!)
(足はもう……うう……お願いやめて……)
喜びと、
興奮と、
嘆きを乗せた巨人楽市が、
黒壁の瓦礫へ盛大にぶち当たる――