195 黒い壁と黒い毛虫。
何が起きたのか全く分からず、慌てふためくシルバーミスト・ドラゴン。
魔法を帯びた尖塔は、テラスやその他宮殿の建造物を、吹き飛ばしながら飛び去った。
ドラゴンたちが急ぎそれを追うと、尖塔がねじくれた林に、次々と突っ込んでいく。
魔力により加速し続けながら、大質量の尖塔が、青紫色の輪へと着弾した。
その瞬間、ホバリングするドラゴンの巨体を、押し返すほどの衝撃と轟音が生まれた。
そのインパクトは凄まじく、周囲の土砂を大量にまき散らして、一瞬で巨大なクレーターを出現させる。
そこへ間髪入れずに、青紫色に光る尖塔が群れとなって着弾。
追いかけた数十体のドラゴンが、声も上げられずその場でうずくまる。
三十メートルの巨体が何もできずに、ただ丸くなるしかなかった。
四〇〇〇年以上前から晴れたことのない霧が、そこだけドーム状に晴れわたり、その代わりに巨大な土煙りの苗床となっている。
その衝撃と轟音は一分以上続き、そこにいるものが誰であろうとも、殺すという強い意志が感じられた。
爆撃が終わったあとも、上空に生まれた暗褐色の雲から、土砂が雨のように降り続ける。
土塊の雨の中、シルバーミストたちが、己の財宝だった残骸を呆けた顔で眺めていた。
*
土砂の降る霧のどこかで、コッソリと安堵する者たちがいる。
(やばかった、よなー)
(なー、やばかった)
(あー、びっくりした)
(やー、もー、やーっ!)
(しー、豆福、しーしーっ)
楽市が心象内で、豆福をなだめていた。
(らくーち、もう、だいじょーぶかもっ!)
(いいんじゃない?)
(らくーち、かわってー)
(きーらーいーっ、だーめーなーのーっ!)
豆福が顔を真っ赤にして、激怒している。
巨大な何かが、霧の林をメチャクチャにしたからだ。
それはもう地形が変わって、“ここはどこですか?”と、思うほどメチャクチャにした。
豆福は木々の破壊に多少耐性が付いてはいたものの、これは無いと思ったのだ。
これはいくら何でもないぞっ、とキレていた。
さっきから、植物の妖しとして怒りが収まらない。
(らくーち、やってーっ! はーやーくーっ!)
(しーっ、静かに豆福っ。
また次、なんか奥の手出されたら、今度こそヤバイからっ。
しばらく隠れて、様子を見たいのっ、ねっ、豆福、ねっ)
(うーっ、もーっ!)
心象内なので外に声など聞こえるはずも無いのだが、楽市は真顔でしーしー言っている。
霧乃たちが大丈夫だと言っても、楽市はちっとも納得しない。
(だって魔法って、何でもありなんだものっ。
何されるか、分かんないじゃないっ)
楽市は次があったらヤバイと言うが、では今回どうやってしのいだのか?
楽市はデカイ何かが着弾する直前、黒壁に挟まった尻尾を、それはもう必死に巻き取ったのだった。
壁から抜くことはしないで、必死に巻き取る。
すると尻尾は限界まで伸ばされたゴムが戻るように、毛虫楽市を倒壊した壁の方角へ引っ張ってくれた。
ヒノモトで言うところの、逆バンジーである。
その途中、尻尾を引っ張っていた巨大スケルトンたちを、毛虫の毛で絡めとっていく。
黒壁を引き倒すほどのパワーで巻き取った尻尾は、逃走ルートにある木々を全部吹き飛ばして、壁まで運んでくれた。
今は倒壊した厚さ三十メートルの黒壁に、毛虫楽市がピッタリと寄り添っている。
毛虫楽市からは絡め取ったがしゃたちの、手足や頭、尾ビレが飛び出していた。
計、十八体(がしゃの中に幽鬼が五体、取り憑いている)を、毛の間に絡め取っているのだ。
そのフォルムは丸々と膨れて、毛虫というよりも直径三十メートルほどの、ウニのように見えた。
それが黒壁の残骸に、ひっそりとくっついている。
敵の攻撃のお陰で、大量の土砂が降り注ぎ、がしゃたちの白い骨も目立たない。
壁も黒、毛虫ウニも黒。
辺りは霧。
ジッとしていれば、かなり目立たないだろう。
(あたしは壁っ、あたしは今、かべだからっ!)
(なんだそれ? あははっ、きりも、かべっ!)
(ちがう、うーなぎも、かべだっ! ふひひっ!)
(かべごっこだっ、へんなのー) らくーちかわって
(もーやーだーっ、はーやーくーっ!)
尖塔着弾前の悲し気な空気は、それ処では無くなって何処かへ吹き飛び、こんな状況でも、
毛虫楽市の中で、笑い声が聞こえる――