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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
193/683

193 大質量の強引な槍。

 

カルウィズの谷――

 

昔はどうであれ、今はダークエルフ王族の避暑地である。

谷の両脇。


岩盤むき出しの急勾配から、水平に突き出した土台基礎部分に、宮殿は築かれていた。


ぱっと見ると壁に棚を取り付けて、そこに置いた鉢植えのようでもある。

宮殿自体は針のような尖塔を、主軸に構成された外観をもつ。


外壁の至る所に、装飾として細やかな彫刻が施されていた。

そこから受ける印象としては、神経質で陰鬱だ。


まあそれが、ダークエルフの趣味なのだから仕方がない。


好意的に見れば、ゴシック調でありながら先鋭的な宮殿といえる。

そんなカルウィズの天領地に、唐突なサイレン音が鳴り響く。


アアアアアァァァァァアアアアアァァァァァアアッ


霧の谷へ鳴り響くその音に、各宮殿を守るシルバーミストたちが身構える。

自分たちを呼び出す音とは、まるで違った。


初めて聞く音だ。

これは一体何なのか?


シルバーミストたちは宮殿を背にしてホバリングし、視界の悪い霧の中で辺りを警戒する。


シルバーミストの魔力をおびた赤黒い瞳は、霧の環境に適応しており、その乳白色の世界でも辺りを見通すことができた。

 

ドラゴンたちが周りへ睨みを効かせていると、その背後で何かが動いた。

シルバーミストは振り向き、目を見張る。


それは宮殿だった。

宮殿が地響きを立て、揺れ動いている。

 

シルバーミストの守護する宮殿が、土台基礎部分を軸にして、そのまま南の方角へ傾きはじめていた。


基礎部分の稼働に、周りの山肌が干渉して砕かれ、急勾配を跳ねながら霧の谷底へ落ちていく。

 

ギャリギャリギャリギャリッ


傾きは止まらず、垂直だった宮殿の巨大な尖塔群が、ほぼ水平にまでなっていた。

シルバーミストたちは、信じられないものを見たと言うように、驚愕の咆哮をあげる。


シルバーミストは自分の守る宝に、このようなギミックがある事を、知らなかったのだ。


尖塔の至る所に施された彫刻が、ポツポツと青紫色に妖しく輝きはじめた。

その彫刻一つ一つが、それぞれ一つの魔法文字を示しており、順番に輝くと同時にとある(しゅ)を紡いでいく。


尖塔に刻まれた彫刻が全て輝いたとき、魔法が完成する。


その名は、

大質量の(ブルマス)強引な(フォーブラル)(スピアー)



    *



ピピン、キンキン、ピキン、キンッ

黒壁のはぜる音が、聞こえ続けた。


――あともう少し


楽市が、ねじれた林の中をにじる。

歯を食いしばって、にじり進む。

 

楽市は、ああ……あの時もそうだったと、地面を見つめながら思い返していた。


初めての夜である。

嵐の夜。

あの時も楽市は、土砂剥き出しの山肌を見つめて、這い進んでいたのだ。


楽市はふと思う――あの時あたしに、何が出来たのだろうと。


内なる自分が答えた――否、なにも。

たかだか一匹の狐に、どうこうできる事態じゃなかった。


――じゃあ、もっともっと早い時点だったら、どうだろうか?


藤見の社で、忘れ去られていく自分たちを、

これで良いんだって、皆で慰め合うんじゃなくてさ、


これじゃ駄目だって、何とかしようって頑張ったら、

人の心を、もっと繋ぎ止めておけたのかな。

国つ神様の御心も、繋ぎ止めておけたのかな。


否。

頑張っても、どうしようもなかった。

社の狐なんかに、何が出来るというのか?


周りがどんどん変化していく中で、いつまでも変わらないものなど、古臭いだけだ。


――じゃあ、せめて街に溜まる(おり)は、どうだろう?

何百年も、生まれないからって見捨てずに、


あたしたちで毎日声をかけたり、息吹を吹き込んだりしたら、

全部じゃなくても、一人とか二人とか、新しい子が生まれたのかな?


否。

力の無い狐の息吹なんて、どれほど吹き込もうと、何も変わりはしない。

人の意識が昔のようにならないと、駄目なんだよ。


どうあがいたって、あたしたちは駄目。

駄目、駄目、駄目、駄目、駄目。


楽市はそこまで考えて、自分で自分に腹が立った。

内なる声へ牙をむく。


――だめだめ駄目って、うるさいんだよ、あたしはっ!

うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ!

もう駄目だなんて、思いたくないっ。

   

今のあたしなら、できるはずっ。

もう駄目なんて嫌なんだっ!

もう失うなんて嫌だっ!

もう黙って、見ているなんて嫌だっ!

  

楽市は月明かりの中、澱の前でたたずんだ夜が忘れられない。

耳元で聞こえた泣き声が、忘れられない。

こびりついて、耳から離れない。


  

   

ふええ……


 


――ドラゴンに恨まれたって、もう見捨てるなんて嫌なんだっ!


嫌だっ、嫌だっ、嫌だっ!












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