191 楽市アンカーvs黒壁!
「ねえ、早くはやく開けてっ!」
リールーが、外側で雷が鳴りはじめた途端、シルバーミストの手の中で騒ぎはじめる。
その巨大な手の平を、バシバシと叩く。
するとシルバーミストが、両手を開いてくれた。
ぐるるっ
リールーはすかさず手の平に座り込み、遠隔視を発動させる。
それに続いて、イースとサンフィルドも発動させ、三面鏡を三人とシルバーミストで覗き込んだ。
リールーたちは北の魔女が、スターゲイジーを発射させて外へ飛び出す度に、ドラゴンの手から這い出して三面鏡を覗いていたのだ。
そして戻ってくると、手の中に引っ込む。
それを、何度も繰り返していた。
リールーたちの周りには、バングルから漏れ出す青い光が、絶えず纏わりつく。
さらにその周りをドラゴンの一部が霧と化して、白く纏わり付いていた。
霧にはドラゴンの魔力が込められており、北の魔女の瘴気から、リールーたちを守ってくれる。
バングルと霧の二重防壁である。
三人は一言も話そうとはしない。
話しても落雷の轟音で、何も聞こえないからだ。
皆で熱心に魔女を見つめていたが、特にリールーの熱がすごい。
黒妖門の雷撃を、千発近く受けても立ち上がるその姿を、瞬きもせず食い入るように見つめていた――
*
カルウィズの夜が明けていく。
東から差し込む陽光を、霧の粒子が満遍なく散らして、濃霧に覆われた林が薄ぼんやりと明るくなり始めた。
乳白色のノッペリとした景色に、浮かび上がる黒い綱がある。
それは太く長大で、ねじくれた林を長々と突っ切り、北へ向かって斜め上にピンと張られていた。
北の先には、
横幅二〇〇〇、
高さ六〇、
厚さ三〇メートルの、
巨大な黒壁がそびえている。
ピンと張られた綱は、その先を六つに枝分かれさせて、黒壁上部に穿たれた六つの穴――命名れんこん――に通されていた。
黒い綱は壁の内側で、四方八方に大きく枝分かれして、その壁面にビッチリと張り付いている。
さて南側はどうなのか?
綱に沿って反対側を見てみれば、そこには巨人楽市の背中が、霧に見え隠れしていた。
綱は腰辺りにくっついている。
黒い綱は、巨人楽市の尻尾なのだ。
巨人楽市の正面に回ってみれば、顔を深く俯かせて、全身に力を込めているのが分かる。
林へ張り付かんばかりに、前傾姿勢をとり足に力を込めている。
その両腕からは瘴気の綱が幾つも飛び出し、焼け焦げた地表に突き刺さっていた。
深く深く食い込み、土中で菌糸のように広がっている。
それは体を固定するための、アンカー代わり。
そのアンカーをギリギリと巻き取り、前へ前へと進もうとする。
楽市は巨大な黒壁を、引きずり倒すつもりなのだ。
(ふうんぬぬぬぬぬぬぬぬっ!)
楽市は脳裏に国つ神と殺し合う、仲間たちの戦い方を思い浮かべていた。
あの時、兄を含めた三十二人は、瘴気を様々に変形させ、土地そのものといえる超巨大な神と渡り合っていたのだ。
それに比べれば、こんなチッコイ黒壁など、やってやれない事はない。
楽市ばかりではない。
霧乃たちもまた、巨人楽市の手足に力を入れて踏ん張っている。
しかしこの間にも、黒妖門の雷撃は止まない。
特にピンと張られた尻尾に、雷撃を集中されてしまう。
雷が尻尾へ直撃するたびに、黒い尻尾に描かれた金の流紋に沿って、大電流が楽市の方角へ流れる。
それが足元でスパークして、土砂を吹き飛ばしていった。
(ひびれるーっ、ふのおおおおおおおおっ!)
(あばばばばっ、ぶふっ、むぐぐぐぐっ!)
(ふぁああああっ、ふぁあああああああっ!)
(ぶあーっ、はーはーっ、ぶあーっ!)
それを見た魚がしゃ七兄弟が、少しでも尻尾への直撃を防ごうと、尻尾の上へ覆いかぶさる。
他のがしゃたちも、楽市の尻尾を掴んで綱引きのように引っ張っていた。
上半身しかない獣がしゃが、前足を使って楽市の尻尾にぶら下がる。
巨大幽鬼たちが、がしゃへ取り憑きその眼窩に赤い炎を灯らせた。
するとスケルトンと幽鬼の力が合わさり、更に尻尾を強く引っ張りだす。
(ああっ、はひゃ、ひんなーっ!)
ピン キンッ ピキン キン――
(んっ!?)
それは突然、自分の尻尾から聞こえてきた。
いや、音ではなく振動というべきだろうか?
楽市は気のせいかと思ったが、確かに落雷の衝撃とは別に、薄いグラスを指で弾くような振動が混じっていた。
楽市は尻尾に、意識を集中させる。
(あっ、ひょへっへっ!)
楽市は気付く。
それはガラス質の黒い岩が弾ける音だった。
五メートル間隔で穿った穴の周囲に、微細な亀裂が走り、それが次々に広がっていく振動。
黒壁は確実に、崩壊へ向かっている。
(ほへは、ひへゆっ!)
しかし黒妖門が急に楽市へ直撃させず、その両腕の周囲へ次々と雷撃を落としていった。
両腕のアンカー。
その周りの土砂が脆くなり、次々に弾け飛ぶ。
(あ、まずいっ!)