190 瘴気充填、全弾発射!
霧で何も見えやしないのだ。
沈みかけた夕陽に切なくなることも、それに代わって広がる星空へ、心躍ることもない。
霧の中では乳白色が、濃い灰色になっていくだけで、そのまま暗闇になるだけだ。
これでは、これっぽっちも心が動かない。
けれど今夜だけは、特別なのだった。
ドガガガガガガガガガガガガッ!
絶えることのない落雷が、霧の世界を高速で点滅させる。
激しい閃光と闇が、目まぐるしく切り替わった。
空気を切り裂く轟音が響きつづけ、それ以外は何も聞こえない。
濃霧のため、常に濡れる木々は発火しないまでも、電流の走り抜けた跡が黒く炭化して、強烈な焦げ臭さをまき散らしていた。
そこに住む獣たちは、とっくに焼けるか煮えるかしているだろう。
心が動かされるどころか、崩壊しそうな夜だった。
そんな夜を行く影が一つ、――巨人楽市である。
全くもって今宵の中心は、この巨人なのだった。
乱れ落ちる雷の全てが、楽市に直撃する。
大電流は巨人楽市の肌を彩る、金の流紋にそって地表に流れ落ちていき、四方に散って見境なく周りの木々を弾けさせた。
(あばばっ、ひひぇなひ、うひゅひゃい、ひゅはいっ!)
(ひゃひゅーひ、ひゃひゅほ、ひゃひゃんはひっ!)
見えない、聞こえない、焦げ臭い。
さすがの霧乃と夕凪も、この状況化では索敵能力が、ガバと化す。
楽市が瘴気を出して、霧乃と夕凪がトレースを試みるものの、瘴気と同じく地表に流れる大電流が干渉して、うまくいかなかった。
これでは、魚がしゃが見つけられない。
楽市は落ち続ける電撃で、うまく歩けずしゃがみ込んでしまう。
これは予想外だった。
(ひゅにゅにゅ……ひょれは、ひょっひょ、
舐めてたな……ん? あれ?)
急に痺れが収まり、まともな口調になった自分に、楽市は驚く。
見れば穴で待機していた巨大スケルトンたちが、楽市の頭上に手をかざして、避雷針となってくれていた。
落ちる雷が、全てがしゃたちへ流れていく。
(らくーち、がしゃがーっ!)
(ありがとな、がしゃーっ!)
(うわーっ、かっこいいっ!)
(いーっ!)
(ああ、がしゃありがとうっ!)
俄然、霧乃たちのテンションが上がった。
ピンチの時に、助けに来る骨はなんてカッコイイのだろう。
(らくーち、いまだっ、いけーっ!)
(つぎだ、らくーちっ!、つぎをだせっ!)
(つぎ、なにするのっ!?)
(つーぎーっ!)
(えーっ、次って言っても、どうしよっ!?)
霧乃と夕凪の索敵が駄目ならば、どうすりゃ良いのと、楽市の方が聞きたいぐらいだ。
楽市が次だ次だと攻め立てられていると、ストロボが炊き続けられる霧の向こうから、ぬいっと黒い魚頭が現れた。
(がしゃっ!?)
楽市が驚く前で、魚がしゃがのたくり、にじり寄ってくる。
魔力切れで歩けなくとも、背骨をくねらせてここまできたのだ。
ただ専門外の動きなので、必要以上にのたくりが激しい。
(うわあ……)
大昔、境内で先っぽを踏んづけてしまった芋虫が、丁度同じような動きをしていたな。
楽市はそんなことを思い出す。
いやいや、そんな事を考えてはいけない。
向こうから一生懸命、来てくれたのだから。
ただ、霧乃たちはとっても正直だった。
(うえええっ、きもちわるいっ!)
(きもいっ、くるなっ!)
(やだそれーっ!?)
(やーっ!)
楽市は子供たちを無視して、魚がしゃを助け起こす。
その周りを、他のがしゃが囲ってくれた。
(よく、あたしの所わかったねっ)
心象で伝えると、向こうも心象で返してきた。
集中して落雷する場所は、霧の中でもよく目立つらしい。
魚がしゃは、そこに攻撃されている楽市がいると考えたわけだ。
(あーそっかっ!)
黒妖門の雷撃は、霧乃と夕凪の索敵を無力化したが、むしろその雷撃が、魚がしゃに楽市の位置を教えてくれた。
楽市にたどり着いたのは、黒頭の子だけではなく、他の六体も霧の中からのたくり現れた。
楽市は瘴気の枝をのばし、ガード役のがしゃたちへ心象を送る。
(みんなこの子たちを運んでっ、一旦、壁の内側へ戻るよっ!)
黒妖門内側の壁ぞいに、六体の巨大スケルトンが、外側を向き半円に立ち並ぶ。
近くに立つ、ドラゴンを警戒しての陣形だ。
楽市に言われたからではなく、自然とそのような行動を取っていた。
スケルトンたちは、落雷により全身が煤だらけである。
体がまだ高熱を発しているため、足元のコケが煮立っていた。
楽市はその半円の中に、七兄弟を寝かせて瘴気を送り込む。
魚がしゃの空になった魔力を、瘴気で充填しているらしい。
一連の所作は、月明かりの届かぬ闇の中で行われているが、ドラゴンの赤黒い瞳は、それらをハッキリと捉えていた。
楽市たちは、ドラゴンの見ているそばで、
瘴気充填、
壁の内側より全弾発射、
魚がしゃ回収、
瘴気充填、
それを何度も繰り返す。
そして朝日が登る頃には、長大な黒妖門の両脇の端、そして壁の根本部分にびっちりと穴が空けられ、
キリトリ線ができているのだっ――