019ナランシアの中
夜空に流れ星が、昇っていく。
金色の長い筋を引き、天へ向かう。
そんなことが、有り得るだろうか?
至る所で驚きの声が上がり、街中の者が夜空を指差し騒いでいた。
魔法のランタンが揺れる、古風なオープンテラス。
そこで飲んでいたナランシアは、部下と共に空へ昇る光を見ていた。
「あれは、本当に星なの!?」
驚きを口にするナランシアに、すぐ召集命令が届く。
辺境の都・ハインフック。
城壁の警備兵を除き、石畳の中央広場に、獣人兵一五〇〇名が集められた。
主から、簡単な現状説明を受ける。
光の筋は、街で噂されるような流れ星ではないこと。
恐らく何者かが、天に向かって“未知の魔法”を、打ち出しているという推測。
すでに斥候を、向かわせているということ。
そうしたざっくりな説明を受け、都の警護レベルを上げると、説明される最中にそれは起きた。
ナランシアは、突然足元から登る悪寒に打ち震える。
この悪寒は、ナランシアだけが感じている訳ではない。
広場の獣人兵全てが、苦しんでいた。
獣人兵たちの肩が大きく揺れ、立っていられず膝を付いている。
主たちも、顔をしかめていた。
ナランシアは、震える自分に回復魔法をかける。
しかし全く効く様子がなく、悪寒はナランシアを苦しめ続けた。
「な……ぜ?」
そのダメージは即死とはいかぬまでも、ナランシアたち獣人兵を、ゆっくりと蝕んでいくのだった。
ナランシアは、何とか持ちこたえ続ける。
それから、どれほど経ったのだろうか?
朦朧とした意識の中では、時間の経過など分からない。
どうやら主たちが、解決策を見つけ出したらしい。
獣人兵たちは、聞きなれぬ治療薬のポーションを配給される。
“コールカイン”と呼ばれた魔法のポーションは、劇的にナランシアたちの症状を改善していった。
回復後ナランシアはすぐさま、森林の殲滅実験に参加することになる。
しかし森林を北上して行くと、再びあの悪寒がぶり返して来た。
「うっ……ぐ……」
主の話だと、北上するほど森の瘴気が強くなり、症状が悪化して行くという。
そう説明する主たちは、別段苦しむ様子もなく平気なようだ。
何か特別なマジックアイテムを、身に着けているのかもしれない。
ナランシアたちは、コールカインを使いながら北上して行く。
そしてこの地に着いたとき、主たちから、森に住むものを全て殺せと、命じられたのだった。
*
そこで楽市は、ナランシアのうなじから腕を引き抜いた。
ナランシアが、ホッとした顔になる。
楽市はナランシアの背を見つめ、難しい顔をいていた。
「ナランシア……幾つか聞きたいけれど、森が呪われているというのは、本当なのね?」
「そうです。この森だけでなく、ハインフック一帯も呪われています。
絶えず瘴気が溢れており、通常の回復魔法では、その呪いを相殺出来ません」
楽市はそれを聞き、辺りを眺め自分の小袖を見る。
そして、眉根をよせ複雑な表情になった。
「もう一つ聞くわ。それは本当に治療薬なの?」
楽市の問いに、ナランシアは口を少しだけ開けて、それから俯き曖昧な笑みを浮かべるのだった。
「主が治療と言えば、それは治療なのです」
そう答えるナランシアに、楽市は憤る。
取り憑いて、治療ポーションを使うときの感情を、かすめ取った楽市には、別のものが思い浮かぶ。
それはヒノモトでも、戦時によく使われたもの。
「嘘を付くな。それは麻薬でしょ。
こっちで何と呼ぶか分からないけれど、それはヒロイック・ポーンでしょっ」
「ひろ……ぽ……ん?」
「そんなものは治療でも何でもない。
多少の回復効果も混ぜてあるけど、そんなもの使い続けたら廃人になるよっ」
楽市は、取り憑いて気付いた。
それは獣人種特有の、強い生命力まかせの誤魔化しでしかなかった。
「まさか……」
心底驚くような顔をするナランシアに、楽市は苛立つ。
「それともう一つ。
あんたたちの主は、いつ北上するほど瘴気が強くなると知ったの?
早い段階で気付いてたんじゃないの?
なのになぜ、あんたたちを瘴気の薄い南へ、避難させなかったの?」
ナランシアが、理解できぬといった顔をする。
楽市は、更に苛立ちながら続ける。
「なぜ、あんたたちは都に何カ月もそのままだったのか、聞いているのっ。
つまり、あんたたちも実験の一部だったんじゃないのっ?」
楽市は、ナランシアの返事を待たなかった。
他の獣人兵たちを見る。
先ほどから、数人震えている者がいる。
それは本当に、楽市を恐れての震えなのか?
楽市は近付き、未だ震えている者たちの手を取る。
腕から取り憑き、その者の感覚をかすめ取った。
すると伝わってきたのは、どの者も恐怖心ではない。
それは肌の下を蟻が這うような、おぞましい感覚だった。
楽市は、振り返りナランシアを睨み付ける――