189 ふふふ……やるじゃないかっ!
楽市は朱儀と入れ替わり、巨人をしゃがみ込ませた。
コケの野原に落ちる、魚の頭骨へと左腕をのばす。
その細い指先が頭骨に触れると、巨人楽市の腕に巻き付いていた瘴気が、帯状にほどけていった。
瘴気は腕を伝って魚へと移り、巻き付き始める。
辺りに散らばる背骨や尾ビレも取り込んで、瘴気は一つの大きな繭を作った。
繭と繋がったままの巨人が、表情の無い顔で小首を傾げたり、空いている右腕で繭を撫でたりしている。
表情が無くてもその仕草から、慈しんでいる気持ちが伝わってきた。
白いドラゴンは、その行為を興味深げに眺める。
しばらくそうした後、楽市が繋がる左腕を引く。
すると繭が一気にほどけて、白骨の体に縦横ナナメと、黒い傷が幾つも走る魚がしゃが現れた。
楽市がコツコツ頭を叩くと、意識を取り戻した魚がしゃが、コケの上でぴちりと跳ねる。
その様子を見つめる楽市の後ろには、既に修復の終わった、五体の魚がしゃが直立していた。
五体は六体目の復活よりも、少し離れた所に立つ白いドラゴンが気になるらしい。
その扁平な頭を傾けて、チラチラと見ていた。
尾ビレがムズムズと動いているので、きっとドラゴンに仕返ししたいのだろう。
しかしそれは、楽市から固く止められていた。
楽市は復活させた後、瘴気をのばして、穴の中で待つもう一体の魚がしゃに触れる。
すると魚がしゃが、穴から跳ねるように飛び出してきた。
直立する六体に、真っ直ぐ向かう。
感動の再会だ。
と思ったら直角に曲がり、近くに立つドラゴンへ襲いかかった。
それを見た楽市が、大いに慌てる。
(わーっ、ちょっと待って! ちょっと待ってーっ!)
楽市が逆さまになった頭へ抱きつき、心象を送り込んで“こいつは襲うな”と、何度も言い聞かせる。
(はー、はー、はーっ)
(らくーち、とめるなっ)
(いいよ、いいよ、やっちゃえっ)
(あーぎが、やりたいっ)
(もーっ)
楽市を馬鹿にされた霧乃たちは、逆にけしかけたい。
(あんたたち、話がややこしくなるから、ちょっと待ってっ)
仕切り直しである。
穴から飛び出した魚がしゃが、直立する六体へぶつかるように絡み始めた。
七体そろった巨人スケルトンたちは、宙を泳ぎ入り乱れて、再会を喜びあっている。
楽市はそれを見て、ホッとするのだった。
(ふふ……あんなに喜びあっちゃって、なかなか可愛い所あるじゃ……あーっ!)
言ってるそばから、七兄弟が白いドラゴンへ襲いかかった。
それを、巨人楽市がダイブして強引に止める。
(あんたたち、いい加減にしなさいよっ。
言ったよねっ、あたし襲うなって言ったよねーっ!)
七兄弟は瘴気のリードを巻かれて、楽市にどなり付けられてしまう。
七兄弟がコケに横たわり、甘えるようにピチピチと跳ねた。
(今度守んなかったら、あたしがバラバラにするからねっ!)
七兄弟は承知とばかりに、そろって直立。
楽市は兄弟をにらみ付け、リード越しに言葉を伝えた。
(あんたたちの、やる気はよーく分かったよっ。
だから、それにピッタリな事を、させてあげるっ!)
*
フイイイイイイイイイイイイイッ
七体の巨大スケルトンが、周囲の霧を巻き込みながら、空中で横軸の高速回転を始めた。
甲高く耳障りな音が、辺りに響きわたる。
それを見た白いドラゴンが、何をするのかと抗議の声を上げた。
グアアアアッ!
そんなドラゴンの前に、楽市が立ちふさがり睨み付ける。
邪魔はさせないという強い意志が、巨人楽市から滲み出ていた。
睨みつける楽市の後ろで、回転音が更に高くなっていく。
魚がしゃは、自らが回転して作り上げた霧の筒に納まり、慎重に狙いを定める。
狙いは黒妖門の突破だ。
臨界速度に達したものから、順次飛び出していく。
まずは一発。
肉眼では捉えきれぬ速さで、霧の筒から飛び出した魚は、音を置き去りにして鼻先が壁に到達。
回転した頭部が粘土板をくり抜くように、厚さ三十メートルの壁に穴をうがった。
カーーーーーーンッ!
楽市はその音を背中で聞きながら、ドラゴンから目を離さない。
(わー、やったっ! らくーち、あいたーっ!)
(がしゃすげーっ、あいつら、ヤバイっ!)
(うわー、まるくて、きれいっ!)
(まーるーっ!)
白いドラゴンは苛立たし気に首を振るが、楽市を襲おうとはしない。
それは鏡で楽市の強さを、充分に見ていたからだ。
それに今は、手の中に大切なものを握っている。
うかつに戦闘はできない。
楽市の後ろで、甲高い音が一発。
カーーーーーーンッ!
更にもう一発。
カーーーーーーンッ!
音が鳴るたびに、霧乃たちが大はしゃぎする。
(カッコイイっ!)
(やれば、できる子っ!)
(いーなー、うまいなー)
(かーんーっ)
にじり寄るドラゴンに、楽市が吠える。
そのタイミングへ、合わせたかのように残りの四発が発射された。
(邪魔は、させないよドラゴンっ!
空の結界はたぶん黒い壁のせい、だからぶっ壊すっ!)
カーーーーーーンッ!
カーーーーーーンッ!
カーーーーーーンッ!
カーーーーーーンッ!
破壊音をバックに、タンカを切る楽市。
霧乃たちが、それをとっても北のボスっぽいと喜び、キャーキャー騒いだ。
(そー、それっ! そーゆーの、もっとしてっ!)
(もっと、カッコつけてっ!)
(きゃー、かっこいいっ!)
(ふあーっ、らくーちーっ!)
苛立つドラゴンが、楽市越しに壁を見る。
すると地面に近い所、黒壁の根本部分に横へ一列、五メートル間隔で七つの穴が空けられていた。
(ふふふ……)
楽市は不敵な笑みを浮かべながら、なぜか後ずさる。
するとクルリと回ってドラゴンに背を向け、走り去るのだった。
巨人で走り慣れていないので、膝がカクンカクンしてる。
(らくーち、どこいくのっ!?)
(にげんのっ!?)
(やだ、やだっ!)
(なーんーでーっ!)
(別に、逃げるんじゃないってっ。
あの子たちに指示を出したとき、心象で伝えて来たんだよ。
一発撃ったら、動けなくなるんだって。
だからあたしが、充電しなきゃっ!)
(なんだそれっ!?)
(じゅうでんって、なんだっ!?)
(ねえ、らくーち、かえしてー)うごかすのかわって
(ふあっ????)
楽市は、がしゃたちのステイする穴へ入り、その脇を抜ける。
かなり狭いので、がしゃたちと体を擦り合わせるように抜けた。
こする度に胸がポヨンポヨンするが、この際仕方がない。
楽市は穴の出口で空の様子を伺うが、何の気配も感じなかった。
(よしっ!)
楽市が意を決して、一歩飛び出した瞬間。
数十発の落雷が、楽市を襲う。
ドガガガガガガガガガガガガッ!
((((( ぎゃあああああああああああっ! )))))
(ふふふ……ひゃるひゃなひは、ひまひひへろよ)
(はやふおひよ、ひひれりゅーっ!)
(はふーひ、はっほへへんなっ!)
(ははっへーっ!)
(ぶあーっ!)