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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
187/683

187 妖しの子は思う、もう遊びではないと。


何十もの画と音響を使い、一つの意味をすり合わせ共有する。


その情報量をギュッと圧縮して、楽市の頭の中にある語彙集から、“これかな?”と思われる言葉に変換していくのだ。

一つの意味を、一つの言葉に置き換える。


その言葉はコミュニケーションしたての、幼子のような拙い言葉ではなく、何十もの画と音響の様々な可能性をかんがみて、むしろ堅苦しい熟語として、置き換えられていった。


 

楽市は問う、

――何用か?


――それはドラゴンの質問だ。

何事で残留するのか? 

貴様は言質(げんち)した。

もう戦意は無いと、帰還すると言質した。


ドラゴンの群衆も、貴様が来襲しなければ、戦意を保持しない。

貴様は速攻で帰還しろ――


ドラゴンは理解できぬと伝えて、苛立ちで頭を揺らす。

楽市はビクついて沈みそうになる体を、グッとこらえた。


――そ、それは変更となった。

――何事っ!――


――ド、ドラゴンよ、安寧しろ。所用が終了次第、帰還する。

――所用とは何事か?――


――現地神への挨拶。

――現地神?――


――ドラゴンよ、敬うべき御方だ。本意で確実に、忘却したのか?

――知らぬ――


――……その議題、今は脇へ置く。

別の議題だ。

この地には、空間を閉鎖する魔力が、実行されているか?


楽市は、石段を滑り落ちる直前に起きたできごと。


その不可解なできごとに、覚えがあった。

ヒノモトでも大昔、妖しや一部のヒノモト人が使用していた術だ。


それは、結界と呼ばれるもの。


結界は“邪”を寄せ付けぬ空間を作ったり、山々に“迷い家”を立ち上げる際、重宝される術だった。


最近で言えばベイルフのキキュールが、北の城壁塔で人ばらいとして使用している。

楽市の問いを受けて、ドラゴンが空を見上げた。


――上部の空間に存在している。

空間の逆転、倒置だ。

貴様は、登山が所望か?――


――そうだドラゴンよ、空間倒置を解放しろ。要求する。


――ドラゴンはその行為に、関知していない――


――むっ、ではどうすれば良策だ? 

方策の提案を要求する。


――貴様の要求する登山。

その目的である高度は、空間閉鎖の外殻だ。

内野ではない。

回答はここを退却して、外殻より迂回すれば完了する――


――あっ


顔が真っ赤になって行く楽市を見て、ドラゴンが首を近づける。

 

――全体を終始魔鏡で、閲覧していた。

貴様の思考は、浅慮、軽量、極薄か?――

――何おーっ!


ドラゴンの言う通り、カルウィズを覆う結界は避暑地を守っているのだから、それ以外のエリアは外から行けばいいのだ。


わざわざ内側から行く必要など、あるのだろうか?

そう自問する楽市は、強くのたまう。


――断じてあるっ!

ドラゴンよ貴様は、何事も理解していないっ!

 

――何事っ!?――


――ドラゴンよ、石段を閲覧したかっ?

両翼を持つ貴様らが、飛行せずに手間をかけ、何百万、何千万と歩行した石段の痕跡をっ!

   

あの窪みをっ! あそこに混入された忠心をっ!

例え貴様たちが、忘却しようとも、あの石段は忘却せぬっ!


あの窪みに、貴様たちの思慕が刻印されているっ!


藤見の白狐は、その痕跡へ敬意を抱くっ!

同様の神使として、過去の貴様たちに敬意を抱くっ!


だから踏襲(とうしゅう)するのだっ!

迂回など笑止千万っ! 直進して登山し首を垂下するのだっ!


ドラゴンよ、貴様こそ浅慮、軽量、極薄だっ!


――何事おーーっ!?――


いつの間にか楽市は、手の平の半身浴からせり上がり、黒い尻尾で自重を支え、ドラゴンの鼻ずらで喚いていた。


ドラゴンが横を向き、巨大な赤黒い瞳で小さな楽市を睨みつける。

楽市も負けじと、金の虹彩をギラつかせた。


両者は暫く睨みあった後、お互いに距離を置く。


ドラゴンとの交信を終えて、心象内へ戻ってきた楽市を、霧乃たちがホックホクで出迎えた。


霧乃と夕凪は、千切れんばかりに尻尾を振っている。

 

(らくーち、すっごい、カッコよかったぞっ!)

(何やってたか、わかんないっ、けど、カッコいいっ!)

(らくーち、やっぱり、いーなー、すごいなーっ!)

(らくーち、すーごーいーっ!)


(ふふ……ありがと、でもね……)


楽市はそう言うと、いきなり心象内で膝をおり、両手で顔を覆った。ぐすん


(どうした、らくーちっ!?)

(こわかったか、らくーちっ!?)

(らくーち、なかないでーっ!?)

(ふあー、らくーちっ!?)


(もう嫌だー、ヌルヌルになるの嫌だー、足を開くの嫌だー)

(((( えっ!? ))))


楽市はドラゴンとの交信内容を、霧乃たちに一通り話したあと、愚痴をこぼす。


(あいつ鏡で、見てたって言ったんだよ。あたしが足開いて滑ってるの、全部見られてたんだ。

もう、恥ずかしくて死ねるっ。


あいつの言った遠回りの案、良いと思ったんだよ。

あたし形にあんまり拘んないからさ、想いがちゃんとあれば、それで良いと思うんだよ。


遠回りに気づけなかったことを、恥ずかしいと思ってたら、駄目押しに全部見てたとか、お前はバカか?とか言ってきたんだ。


あたしすっごい頭に来て、気づいたらすっごい吠えてた。


言ったことに噓はないよ。

本当に昔のドラゴンたちへ、親しみが湧いているんだよ。


でもね、遠回りの案はいいと思うなあ。

ああでも、あそこまで遠回りをバカにしちゃったからなあ。

 

ねえどう思う?しれっと遠回りしても大丈夫かな?

もう階段でヌルヌルしてる所、見られたくないよー…………ん?)


愚痴をこぼしていた楽市が、ようやく周りの空気に気付いた。


(あれ?)

  

楽市はかりにも、北の森に君臨するボスである。

霧乃たちは眷族として、楽市を馬鹿にする奴は許さない。


――自分たちが馬鹿にするのは、ノーカウントである――

 

楽市を馬鹿にするという事は、北の森全てを馬鹿にするという事。

自然界では、舐められたら終わりだ。


ここでルートを変えて遠回りなどしたら、更に舐められるだろう。

それは、断じて許されないのだった。


周りから沸々とした闘志が、楽市まで伝わってくる。 

妖しの子たちの中で、もはやヌルヌル階段は遊びではなくなっていた。

 

(らくーち、なに言ってんの?)

(もう、ぜったい、ヌルヌル行く、ぜったいっ!)

(あーぎ、がんばるっ!)

(ふあーっ!?!?) 


(あれーっ!?)



 


 





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